後編

 湯気の立つ風呂場に置かれた、丸い木製の浴槽。さながら大きな桶のようなその湯船に、小さな少年と大きな獣人が入っている。

 「やれやれ…正しいやり方はちゃんと教えたろう?もう一回教えてあげようか?」
 「はい……あ、いやその…」

 小さな男の子が、すなわちロショウが自慰を行うイメージが、背後のトウキから流れ込んでくる。
 彼女の頭の中のロショウは石鹸でぬめらせた手で自分の竿を包み、その小さな怒張を何度もしごき上げる。しばらくそれを続けていると赤く染まった顔の瞼がきゅっとつむられ、同時に小さな陰茎から白濁が飛び出した。少年は蕩けきった顔をしている。半開きの口からよだれがこぼれた。

 (僕、絶対こんな顔してないと思う…)
 いつもの事ながらトウキの脳内の自分は実物より──少なくともロショウ本人からすると──ずっとはしたない、快楽の虜として登場する。現実のものではないとはいえ、恥も外聞もなく快楽に溺れる自分の姿を脳内で見せつけられるとロショウはどうしようもなくこっぱずかしい気持ちになってしまうのだった。






 あの悲劇的もとい喜劇的な現場を目撃して、トウキは怒ったり叱ったりはしなかった。彼女はやはり悪戯っぽく微笑み「もったいないじゃあないか」とそう一言だけ囁いて、汚された自分の布団の横に跪いた。そうして土下座でもするように布団に顔を埋めると、まだ温かさの残る精液に口をつけて一滴残らず飲み干し、舐め取ってしまったのだった。
 静かな寝室にじゅる、ごく、じゅる、ごくりといういやらしい水音だけが響き渡る。ロショウにできるのはぼうっと呆けていることだけであった。しかしその余りに背徳的で扇情的な光景を前に、いつのまにか陰茎は再び勃起していた。
 「食事」が終わった彼女はいつものようにロショウの小柄な体躯を抱き上げ、風呂場に連れ込んだ。そうして彼は今、浅く湯の張られた湯船の中でトウキのむっちりとした太ももの上に抱えられている。


 「でもどうして布団なんかに?今のや…この前見せたような手淫では興奮できなかったのかい?」
 「ええ、と…そうというか、そうじゃないというか…」
 頭上から聞こえてくる問に、ロショウは歯切れ悪く応えた。なんというか、どうにも目を合わせられない。
 トウキは太ってはいないが大柄だ。身長に限っていえばロショウ二人分ほどはある。体育座りを重ねるようにトウキの上に座ると背中全体に彼女の腹が密着し、その高い体温と柔らかい感触を伝えてくる。両肩にはずっしりとした乳房がそれぞれ載せられて、両脇からロショウの頭を包み込んでいた。男を甘やかすためのその肉体に包まれれば、普段ならあっという間に脱力してなすがままになってしまう。しかし今日ばかりは──あんな現場を目撃されてしまってはそうはならなかった。羞恥と緊張と罪悪感で、ロショウの体は未だに固いままだ。
 それでも少年の股間には勃起したままの陰茎が隠しようもなくそそり立ち、脈打っている。今なお節操もなく性的興奮を示し続ける自分の分身を前に、ばつの悪そうな彼の顔は赤く染まっていた。



 「いやぁ困ったな…ロショウのその柔らかい手なら、きっと自慰でも気持ちよくなれると思ったんだけどねぇ?どうして達せなかったのやら…」
 「う…それは…その…」



 (とっくにお気づきのはずなのに…)
 白澤は見たり触れたりしたものの情報を得、反対に自身の記憶やイメージを他人と共有することもできる。人智を超えた力だ。そしてそれは人の心の動きにも通用するため、ロショウの感情は基本的にトウキに筒抜けであった。さらに肌と肌を触れあわせようものなら感情だけでなく何を考えているのかもお見通しになってしまうようで、それがしばしばロショウを悩ませている。
 (…お師匠さまとじゃないと、最後までできない…射精、できないってことを)
 悩ましいのは特に夜、つまり性交に及ぶときであった。トウキはロショウの性的欲望に関してはしばしば鈍くなる──表面上は。実際はロショウの淫らな欲望を知った上でわからないふりをしているのだ。少なくとも彼はそう確信していた。
 何より今。こうして密着しているのだから、この心の内の独言もきっと彼女には筒抜けになっているはずなのに。思わずロショウは口を開いた。


 「…お師匠さまっ…その……きっともうおわかりなんでしょう?なのに…い、意地悪ですっ」
 紅潮した顔でトウキを見上げ、震える声で抗議する。こちらを見下ろすトウキはやはり微笑むだけだった。
 「何のことかな。言われないとわからないよ」
 「……」

 嘘だ、間違いなく。トウキの意味ありげに光る瞳が物語っている。ロショウは顔を下げ、悔しげに口をつぐむ。同時に悟ってもいた。こうなったトウキは譲らない。いつもは優しいのに、夜伽に限っては
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