ぐちゅり。初めて聞く音と、初めて触れる感触。ぽかんと開いていた和樹の口に、無遠慮に入り込んでくる何か。温かくて柔らかくて、ぬるぬるとした何かが、それらの発信源であった。
(…舌?)
怒りやら悲しみやら惨めさやらで大渋滞を起こしていた和樹の脳内が一転、困惑に占拠されてフリーズする。
ピントが合わないほどに近づいた焔子の顔。口元にかかる、熱く湿った吐息。間違いない、口内に侵入している「何か」とは舌である。つまりこれは…ディープキスということになる。
いつの間にか焔子の両手は和樹の腕から離れ、代わりに後頭部とうなじをがっしりと押さえつけている。捕食。そんな二文字が浮かんだ。自由になったはずの両腕はしかしぴくぴくと震えるだけで持ち上がらない。
気持ちいい。舌で舌に絡みつかれているだけなのに、狂おしいほどに気持ちよかった。全身は動くことを拒否して脱力してしまっているし、そもそも抵抗する気さえ湧かない。
焔子の舌はねっとりとした動きで和樹の口内を蹂躙していく。まるで焦る必要も無いとでも言うかのように堂々と口腔粘膜にその身を擦りつけ、唾液をすり込んでいく。実際和樹は少しも動けなかった。先ほどまであんなに嫌い憎みさえしていた女の口づけをただひたすらに甘受している。悔しさに涙をにじませ一時は戦意も見せていた瞳は、今や未知の快感に陶然とし虚空を見つめるのみ。人間は魔物の与える快楽には逆らえない──そんな事実を和樹は身を以て証明していた。
「ぷは…ふぅ……ほれ、こっちも…治してやるよ」
口内から舌がずるりと引き抜かれてなお、和樹は蕩けてしまったまま動けない。為す術もなく今度は鎖骨の上の傷跡が舐め回される。和樹は最早、自ら頭を後ろに反らして焔子を受け入れてしまっていた。抗えない、そう考えることさえできないまま…上から下へ、肉体を侵略されていく。
焔子の髪が頬をくすぐる。臙脂色の髪の毛はさらさらとしていて、ほんのりと汗の匂いがした。思わず大きく息を吸って嗅いでしまう。女の体臭は童貞の男子高校生にはあまりにも魅力的で、瞬間もてあますほどの劣情が和樹の脳内を支配する。
「あ、あぁ…」
力の抜けた声が喉から漏れた。自由になっていた両手がふらふらと浮いて、焔子の背中に回される。がっしりとした背中は男勝りなほどに頑強で、ぎゅうと抱きしめてもびくともしない。首元のほうから笑い声が漏れ聞こえた。きひひ。今までで一番満足げで嬉しそうな笑い声だった。
ああ、負けた。毒など関係無しに──堕ちてしまった。そんな諦観が快楽にじっとりと染みこんでいく。体はすっかり弛緩していて、焔子の大きな体に抱きつくことで辛うじて椅子からずり落ちていないような、そんな状態。プライドも何もありはしない、魔物の虜にされてしまったオスの姿だった。
首元の傷を治し終えたのだろう、焔子の舌は今度はゆるゆると上へ向かい、和樹の耳の前をべろりと舐めた。うわずった声が漏れ、焔子の背中に回した腕に力が入る。焔子は馬鹿にするようにくすりと笑った。
「毒、抜いてやろうか?」
不意に耳元で囁かれる。
「…はぇ…?」
間抜けな声で聞き返す。
「毒、嫌なんだろ?綺麗さっぱり抜いてやるよ」
苛立った様子もなく、焔子は再び上機嫌で囁いてくる。和樹は快楽でゆであがった脳味噌を冷ますので精一杯だ。
「この先アタシの言うこと全部聞くなら…毒は抜いてやる。いいな?…はい、は?」
「は、い…」
促されるまま、訳もわからず返事をしてしまう。焔子はがたりと机を押しのけ、和樹の横に膝をついた。彼女の目の前に、今まで机の下に隠されていた小さなテントが晒される。僅かな羞恥心で閉じようとした股は赤子の手を捻るように容易く押し広げられ…ベルトもボタンもチャックも、あっという間に外されてしまった。次いでトランクスも無慈悲に引きずり下ろされ、決して大きいとは言えない和樹の怒張が勢いよく飛び出す。
「きひひ…なんだなんだ、アタシの匂いがするなぁ」
焔子は恥ずかしがることもなく、とくとくと脈を打って揺れる男の象徴に顔を寄せる。
「あ〜…あの後か。アタシのよだれ使ってシたんだな…きひっ、このド変態♪」
唾液を使って自慰したことが、よりにもよって本人に露呈してしまった。余りの恥ずかしさに和樹は呻き声をあげ、顔を背ける。
「こら、前見てな」
「むぐ…」
ふかふかの獣の手が顎を包み込み、背けた顔が正面を向かされた。直後、目と鼻の先で見せつけられたモノに和樹は目を見開く。
「……う、わ…っ!?」
一瞬、それがあの尻尾であるとはわからなかった。棘が無数に生え、ごつごつとした甲殻で覆われたボール──まるで球体の剣山だった焔子の尻尾は、今やまるっきり姿を変えていたのだ。
それは一見して花のようだった。臙脂
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