翼竜乗りの災難

 広い石室があった。
 丁寧な造りで整えられた石造りの部屋は玉座の間だ。最奥の高く造られた場所に流麗にして華美な装飾をなされた玉座が二つ並んで鎮座している。
 一つは背が高く、かつ腰を降ろす面も広い椅子であり、左隣の物は二回りほど小さく、また装飾も若干だが控えめの物だ。恐らく大きい方が王座であり小さい方はその后が座る物であろう。
 その玉座の間、かつては王と皇后が座し、その両脇に陪臣が控えていたであろう空間には何もない、ただ一人の女性を除いて。
 玉座に座するのは身の丈二メートルはあろうかという長身の女性、並の男よりもずっと高い身を気怠げに玉座に降ろしている。
 その女性はただのヒトではなかった。四肢は雄大で太く、かつ鈍く輝く鱗をそなえており、その先端には鋭利な爪がある。臀部の割れ目、その合間からは長大な尾も生えていた。そして極めつけは肩胛骨の合間より伸びる翼だ。骨格の間に翼膜を張らせたそれは蝙蝠の羽根のようでもある。
 魔物、彼女はそう呼ばれるヒトに似たヒトではない生物。そしてその中でも最強と呼ぶに相応しい種族の一個体であった。
 鋭いつり目は柔らかく伏せられている。
 玉座に身を横たえ眠りに身を浸す異形の女王、光源の一切無い玉座の間にて彼女は長く眠り続けている。理由は特にない、起きていてもする事がないからである。
 昔は良かった。ヒトも血気盛んであり、武勇の誉れの為に数えきれぬほどの騎士や勇士が己の元に武器を携えて現れたものだ。それらを屠り斃すのは血が滾って大層面白いものだった。
 蓄えた財宝を狙う盗賊を追いかけ回すのもまた、楽しかった。身に余る金銀を抱えて滑稽に逃げ回る様は酷く笑いを誘う物だ。
 自分の種族はヒトを傷つける事を嫌うが、何故か自分はそうではなかった。むしろ逆である。どうやら自分は古き者共の血が濃いようだ。闘争と血に精神が高ぶる気質なのだ。
 深い微睡みに亀裂が入った、耳に触る音が聞こえる。ガラスを擦り合わせるような不愉快な音だ。
 彼女はそっと瞼を開いた、暗い部屋に流れたばかりの動脈血よりも赤い、否、紅い瞳が小さく輝く。今は何時であろうか。
 少しばかり意志を集中し、己の中にある魔力を解き放つ。イメージするのは火だ。すると玉座の間にぶら下げられた数十ものシャンデリアに一斉に火が灯る。
 灯が灯り露わになった玉座の間、そこには無数に輝く様々な物が転がっていた。金細工の装身具、豪奢な飾りのついた甲冑、王が腰に下げるような飾剣。無数の金貨や銀貨、つみあげられた黄金のインゴット、宝石の類は種類を上げることさえ馬鹿らしい程ある。
 全てかき集めれば一国が買える程の財宝が、何とも無造作に打ち棄てられていた。まるで何の価値もないと言わんばかりに。
 よく見ると、財宝の合間に輝く白い物があった。白骨である。長きに渡り放置され、肉が完全に腐り落ちたヒトの亡骸だ。それらは殆ど皆手に剣や槍を持ち、甲冑を着込んでいる。この財宝や彼女の首に目が眩んでやってきた愚か者共の成れの果てであった。
 騒ぎの元は上より聞こえる、翼竜の鳴き声であろう。犬と同等か、それより少し上の知能を持つ爬虫類。空を飛び小型の獣や鳥を啄む彼女の下僕である。
 ヒトや他の種族には分からぬであろう、意志が込められた叫びを聞くと、何かが来る! 何かが来ている! そう頻りに騒いでいた。
 侵入者であろうか、彼女の体が数年ぶりの闘争の期待に漲った。鱗が戦慄き尾が揺れる。
 玉座から跳ね上がると彼女は財宝と白骨を蹴散らして自分の数倍の大きさがある扉に向かった。何事にも代え難い楽しみがやってきたのかを確認するために…………










 彼女の住処は打ち棄てられた古い城だ。城主が殺され、家臣が逃げ出し夜盗が住み着いていた小さな山城を数百年前に奪い取って住処にしていたのだ。
 戦の為に作られた建物は長きに渡って放置され、風雨に晒されその身を削られながらもしっかりと立っている。全体的に平らで、箱を思わせる造りの城はその頂に何も備えて居らず、迫り来る敵に弓平が矢を射かける為だけの無駄に広い空間がある。
 そこは翼竜共の巣になっていた。草や木の枝を寄せ集めて作った巣が一面に広がり、その中には卵や幼い翼竜が親を待って佇んでいる。
 合間を縫って縁まで向かうと、遙か東の空に小さな影が見えた。
 翼竜である。
 だが、この城に住み着いている物ではない、体色が違う。この周辺に住む翼竜は森にとけ込む為に鮮やかな緑色をしているが、あの翼竜は岩の如き茶色をしていた。恐らく山岳地帯の竜を調教した物だろう。
 そして、そのしなやかな両翼には白い塗料で帯のような物が敷かれていた。あれはヒトの軍隊が味方に誤射されぬように翼竜に書き付ける識別帯だ。
 やはりヒトだ……。
 最早彼女にはそれが只の偵
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