女皇のその後

「ふぃ〜…………」
 深く息を吐き、目の前の立派な造りの館を眺める、実に懐かしい建物だ。この実家に帰るのもかれこれ半世紀ぶりくらいだろうか。
 ヒトの世界とは異なり暗い紫の空、大気に溢れる濃密な魔力、居るだけで力が漲るようだ。
 魔界への門を開き、そこから実家の御者を呼んで馬車に揺られる事約二日。途中で小さな村落に滞在しつつ帰ってきたが、転移系の術を使える魔術師が居ないのがこれほどに苦痛とは思わなかった……。こんな事ならあのバカップルでも連れてくるべきだった。まぁ、転移術なんて高位な術式を行使できる術師なんか辺境の町にはそうそう居ないと決まっているのに楽観して来た自分が悪いのだが。
 「では、お嬢様、馬車をしまってきますので、これで失礼致します」
 「ん? ああ、御苦労」
 今まで馬車を引いてきたデュラハンの御者が言って恭しく頭を下げた、あ、頭が落ちた。落ちた頭を拾ってやると恐縮そうに頭を下げて下がっていったが、また落ちるぞ。
 首無し馬が引く馬車が屋敷の裏に消えていく、あれでいて優秀な魔王軍の退役軍人であるのだから恐ろしい。まぁ、戦働きでは優秀だったんだが、昔から粗忽者だったからな。
 さて…………
 巨大な扉の前に立ち腹を括る、ノッカーに手を伸ばした瞬間……まるで予測していたかのように先に扉が開かれた。
 「おかえりなさーい!」
 「うぼぁっ!?」
 首がもげたかと思うような衝撃、誰かが首に手を回しながら飛びついてきたのだ。いや、それは飛びつくなんて控えめな物じゃない、タックルだな。
 柔らかな獣毛にくるまれた手足に強く抱きしめられすぎて背に食い込んだ鉤爪。露出された腹と、胸甲を纏った私とは異なり柔らかな布が巻かれていた薄い胸。そして顔にめり込む立派な角・・・・・・
 私と同じ種族、バフォメットであり………………私の母だ。
 「母様、角が痛いです」
 「久しぶりねぇ〜ミシェール。ああ、私のかわいい娘〜」
 そういって頬ずりされる、だから痛いと言っているのだが。話を聞かないのは出ていった時から変わらないな。
 痛みに耐えていると、誰かが母を引きはがしてくれた。ああ、これはきっと……
 「やめなさいアンジェ、ミシェールの頬が真っ赤じゃないか」
 細く引き締まった長身の若々しい男性、短く刈り込んだ髪は爽やかな印象を与える。ゆったりとしたシャツとズボンを纏った姿は普通の青年に見えるが、この男性は立派な魔王軍の重鎮の一人である。
 「父様、お久しぶりです」
 「ああ、良く帰ったな娘よ」
 ティオーダ=アンドレティア。アンドレティア家の婿養子にして男ながらに魔王軍の魔術師連隊を率いる豪傑、2500人の魔術師の長にして山を切り崩す規格外の魔術師。
 そして私の父である。
 「なにするのよティー! 半世紀ぶりの母娘の再会なのよ!」
 「お前は何でもやりすぎるんだ、自分の角のことを考えろ」
 父の言葉にむっとして頬をリスのように膨らませる母。今はこんなノリだが、隠居する前は私よりも厳格で女皇の名を冠していたというのだが、この姿からその威容は想像出来ない。
 「ただいま戻りました、壮健そうでなによりです」
 「お前もよく帰ってきた、サバトとかいうのは順調か?」
 「有能な副官がいるので休暇がとれました」
 父様に頭をガシガシと撫でられる、小さな子供じゃあるまいし止めてほしいのだが・・・・・・
 「ティーばっかりずるい! 私もやるー!」
 「おうふっ!?」
 そういって父を振りきり母が再び突撃してきた。頭を撫でるんじゃなかったのか、いい加減にしてくれないと首がもげるぞ。
 全く、一〇〇〇年以上生きてて何故こうも過保護なのだ、娘は自立して結婚もしているというのに。あ、そういえば…………
 「シュヴァルツは……?」
 「ああ、婿どのならそろそろ……」
 父が言い終えるか否かの間に、エントランスホールの中央に巨大な陣が浮かんだ。青く輝くヘキサグラムの魔法陣だ。魔力が渦巻き、力が陣の中心に集まり……強く発光した。
 眩しさに目をつむり、次に開いた時には、あれだけ強く輝いていた陣は消え去っていた。あれは見覚えがある、転移術式の陣だ。
 陣の中心だった所には一人の男が立っていた。痩せた長身に少し痩けた頬、顔色は悪く、伸びきった髪はボサボサで脂っこい。何とも言えない気味の悪さをまとわりつかせた男。それを身に纏った暗色のローブが引き立てている。
 「シュヴァルツ……か?」
 「やぁ、ミシェール、久しぶりだね」
 その男こそ我が夫にして、かつて私が屠った勇者の一人、シュヴァルツ=アンドレティアであるのだが……最後に会った時とかなり雰囲気が違うのだが……?
 ああ、因みに長く離れている理由はあくまで仕事の都合であって不仲な訳では無いぞ? 手紙のやりとりはしてい
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