魔女達の宴

 質素で手狭な部屋に備え付けられた巨大な執務机、部屋の三分の一を占める巨大なそれの上には切り立った山脈の如く、書類の束が積み上げられていた。大半は交易品の収支報告や買い付け証、都市の領主からの手紙や条文、部下や部外者からの嘆願や苦情、それに紛れて少量の親書や新たな交易路構築事業への参加の誘い。処理すべき物は掃いて捨てる程あるが、処理する自分は一人きり、動かす腕は二本あれども思考する脳は一つきり。自分か、自分と同じ処理能力を持った人間があと三人ほどいれば今日中には終わるだろうが、このままでは控えめに考えても三日徹夜しようが終わりそうにはない。稀にとんでもない内容の書類が紛れ込んでいるから確認せず判を捺すわけにもいかなので大変だ。
 内容を吟味し、問題が無ければ署名し判を捺す。署名と判の捺しすぎで腕が面白いことになってきているが、精神力でカバーする。ヒーリングが使えればいいのだが私には使えない。むしろ此処には使える人間が全くと言っていいほど居ない。
 先日購入したヒトの術者を養成する為の基礎魔術教本二〇冊、締めて金貨60枚。同じく魔力集束の為の魔術短杖が20本で金貨一二〇枚。全て銀貨に換算して考えればこの部屋が埋め尽くされる量である。支払いの認可証に署名する。魔力をインクに込めて変性させた文字は決して変えたり歪めたりする事は出来ず、消せもしない。魔力を込めた羊皮紙は火でも焼けず、斬れず折れない、ただインクを垂らしても弾くから書類の抹消も不可能である。偽装や焚書出来ないようにするためとはいえ、この官用紙は一枚一枚が馬鹿みたいに高い、そこそこ良いレストランでフルコースが食べられる程のお値段である。
 処理済みの箱に書類を放り込み、次の一枚に手を伸ばした時、執務室の扉が盛大に跳ね開かれた。壊れたらどうするつもりだ。
 「ヴァルド様! ヴァルド様!」
 耳に響く甲高い声、幼い少女の物だ。入り口に目をやると、そこに立っているのは一人のおっとりとした顔つきの少女である。紅いローブともコートともつかない法衣を纏い、頭には大きな三角帽を被っている。そして、手には身長を超える長さの杖。
 これだけみればただの魔術師見習いの少女であるが、全く違う。
 法衣の前は大きく開かれ、裾は腰の辺りから左右に流れて下半身を隠さない。開襟の胸元を止めるのはボタンではなく三本の金の鎖、無論鎖骨から胸元を遮る物は何もない。堂々と晒された下半身を隠すのは、年相応の子供が着るに価しない面積が小さい水着のような下着と膝元まである長い同色のブーツ。剰りにも際どすぎる姿だ。柔らかな金の短髪が頂く帽子も、法衣と同じく朱に染め抜かれ、細い鎖やバッジのような物で飾り立てられている。最後に、手に持つ杖は、柄は普通の鉄で作られた黒い棒だが、先端に据え付けられているのは魔力集束用の宝石ではなく、なんと巨大な雄山羊の頭蓋。頭蓋の喉元は黒いボアで飾られ、額にはペンタグラフが刻み込まれている。
 少女は魔女である。
 魔女とは、ヒトの女性術者を指す物ではない。何らかの理由で強い魔力を浴び、ヒトから魔物へと転んだヒトの女性を指す。原因は様々で実験の失敗や召還の返り、そして……
 魔物に捕食される事。
 魔物と呼ばれるヒトとは異なるヒトに近しき者共。かつては雌雄を有したが、それは気が遠くなるほど昔のこと、少なくとも私が産まれる前の話である。今、彼等は雌性体しかおらず、ゆっくりとヒトの社会に食いこみながら生きている。
 人間の技術としてでの魔術ではなく、彼等は生き物として備えた能力として魔術を行使する。魔術は世界に意志で干渉する力、彼等はヒトを大きく越える力を持っていた。
 山を切り崩し、湖を蒸発させ、空を啼かせる。ヒトには御せぬ大きな力、ヒトはそれを恐れた。
 だが、むこうはどうか。こちらを蟻の如く踏み散らす力を持ちながらも、彼等は自分たちの世界に住み、領域を深く侵す事はない。あくまで一個体が好きにこちらで暮らすだけだ。
 彼女もその一人である。
 「喧しいぞアリシア、ノックしてから入りなさい」
 「でもヴァルド様!」
 「でも、も糞もない」
 「されども!」
 「…………」
 「しかれども!」
 喧しいコマネズミを黙らせるべく法衣に包まれた右手を翳し、意志を込める。純然たる破壊の意志を込め、掌に数個の小さな光弾を精製し……
 投擲する。
 音より速く飛ぶ破壊の光はコマネズミの胸を穿ち、その華奢な体を部屋の外まではじき飛ばした。
 やり過ぎと思う者もいるやもしれないが、正直これでは足りない。今のレベルの光弾であったならば20グロス以上たたき込まねば気絶すらしないだろう。
 「痛いですよヴァルド様〜どうせならベッドの上でお願いします〜」
 ほら、案の定頭に蛆とカビが沸いたような事を撒き散らしながら戻っ
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