第1節 もう一つの人格-因果の船-

ザッザッザッザッザッザ

暗い森の中。
一人の男が歩く。

「・・・フィリア」

唯一の肉親である妹のことを思いながら・・・



ーーーーー舞台は3年前に遡る。
その日教会は一枚の広報誌を掲示した。

『除名:リザール=アルビレオ 役職:勇者 』
『勇者にしてその体にもう一つの人格を持つこの男を除名する。人格は封印したものとする。』

リザール=アルビレオ。
彼は有能な勇者として将来を期待されていた。
学習能力はもちろんのこと、他を圧倒するほどの戦闘力。
彼に勝る人間などいない。とさえ言われるほどだった。

ある時教会によって定期的になされる身体検査があった。
何の変哲もないただの身体検査。
そこで彼の体から異常値が検出された。
症状は

『骨格超越人体異常[Type-AL]』

人間のものを遙かに凌駕する発達した骨格。
下半身の発達、さらには人体に存在しえない位置にまで骨が形成されている。
稀に見られる症状だが今回は異例すぎた。
今まで見られたTypeのどれにも当てはまらない。
そこで教会本部は一時的に下半身の異常発達という共通点から「Type-AL」に分類した。
この事が公になる前にと教会は全力で原因を追及した。

・・・そして掴んだ。

彼の中に眠るもう一つの存在。
獣の存在をーーーーー。



彼の姿が月光に晒されあらわになる。
透明で糸のようなきめ細やかな髪。
前髪の間から覗く蒼い瞳。
筋肉質な体が浮き出るほど薄く体に張り付いたような動きやすい服。
それに片手に一つ袋を持っただけの軽装である。

「遂に来た・・・」

彼は表情を引き締め歩を進める。



ーーーーーー教会は彼の人格を封印した。
その力はあまりに強大で、今までどのように彼が体内で”これ”を制御していたのか驚くしかなかった。
この事により彼の力は大幅に制限されるようになった。
それでも彼は勇者として最強で有り続けた。
・・・しかし
教会は彼を恐れ、手放した。
獣の存在を教会は拒んだのだ。
魔物と同じ忌むべきものとして・・・

彼は教会から断たれた。
目標を失い絶望していたかというとそうではなかった。
新たな目標を見出していた。
ーーーーー覚醒
彼は秘められた力を甦らせるべく山地に籠もり、日々鍛錬に明け暮れた。
そして
彼は取り戻した。
獣の力を。
銀狼の力をーーーーーーー。



「ハッ!・・・ハッ!・・・ハッ!・・・ハッ!」

リザールは走っていた。
街まで1km付近まで来たとき、風上でありながら彼は硝煙の臭いをかぎつけたからだ。

ようやく街にたどり着いた彼が見たものは

荒廃した街の姿だった。

しかしそれだけではない。
思わず鼻を覆ってしまうほどの腐臭が漂っていた。
血・錆・硝煙・焼臭・精液臭
様々な臭いが混濁し、同時にまだ真新しさを感じさせるほどはっきりとした臭い。
リザールは周囲を見渡しながら、街の中央通りであったはずの道を歩く。
体に穴が開き、大量に出血して倒れている女性。
首と胴体が繋がっていない男性。
体を焼かれて性別すらわからない”人だったもの”。
鎧を引き裂かれ、だらしなく下半身を露出したまま動かない勇者。
どれもこれも残虐なものだ。
最後に至っては目立った外傷がないため、どうやら体内の何かを失ったのだろう。
いや、何かというのは抽象的すぎる。
下半身を露出している事から、恐らく魔物に精を強要されたのであろう。
そして持って行かれた。
男の生命と共に。

「・・・!!フィリアは?!」

我に戻ったリザールは再び走り出す。
彼と妹フィリアの住んでいた家に・・・

しかし
そこは他の家と同じく廃墟と化していた。

「フィリアッ!・・・フィリアーッ!!」

彼は何度も呼びかけるが答えるものはいない。

「・・・フィリア・・・どこに・・・」

と、
彼の目は廃墟と化した闇の中に光り輝くものを捉えた。

「これは」

彼が歩み寄るとそこに落ちていたのは蒼いペンダント。
暗い場所にありながら自ら光を放っているかのような眩い程の輝き。
それを拾い上げるとまだペンダントに微かに温もりを感じる。

「っ!!・・・フィリア」

リザールは感覚を研ぎ澄ませる。

(・・・微かだが・・・フィリアの血の臭いがする。)

彼の常人離れした嗅覚は最愛の妹の血をかぎ分ける。

「まだ間に合う!」

彼はペンダントをポケットにしまうと
残された最後の家族であるフィリアの血の臭いを追った。









ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォン

一人の勇者が目の前の大きな扉を押し開ける。
その先には一体のサキュバス。
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