彼、影谷太陽(かげやたいよう)。
16歳、中肉中背、野球部でもないのに坊主頭、三白眼、丸メガネ、意外と文系。学帽被って自転車に乗ればある意味完璧なのに。ちょっと残念。
私、笹川光紀(ささがわみつき)。
同じく16歳、チビ、幼児体型、黒髪ツインテール、釣り目、気分でポニテにもするが今はどちらでもなく、ストレート。
それは高校二年生の夏休みの事だった。
「お前はドッペルゲンガーだ、笹川光紀」
同級生であるところの彼は私に背を向けたまま、プールの水面に浮かぶ月を睨みつけるようにして、お前はドッペルゲンガーだと、そう吐き捨てた。
「え…ドッペル…ゲン、ガー……?」
それは、私という存在そのものの否定だった。
この私、笹川光紀は影谷太陽とは2つ離れたクラスの同級生。彼曰く、その正体は笹川光紀に化けたドッペルゲンガーという魔物娘。
この場にいる私という笹川光紀は笹川光紀ではなく、つまり私は偽物で、本物ではなく、ここには存在しない。
それが影谷太陽の言い分だった。
当然、私が彼に想いを寄せていて、彼に勇気を出して告白したという真実も、全て存在しない事になる。
だって彼の言い分がその通りであるなら、今しがた彼に告白したのはドッペルゲンガーであって、私ではないのだから。
この心臓が引き裂かれるような痛みも、涙で歪む視界も、私の、ものでは、ありえない。
ああもう泣くな私。
これは当然の報いだ。笹川光紀には影谷太陽を好きになる権利なんて無かったのだ。
その認識は、ひどく当たり前のものとして私の腑にすとんと落ちてきた。
だって、笹川光紀が影谷太陽に対して行った仕打ちの悪辣さを思えば、存在を否定されるくらいなんだというのだ。
だというのに、落ちてきたものの重みに耐え切れず、内臓が苦痛を訴えてくる。
だから泣くんじゃない私、みっともない。
現実逃避はやめろ、心のどこかで分かってたじゃないか、こうなるって。
これで良かったのだ。それだけの事を、私は彼にしていたのだ。
手短に説明するとこうである。
それは5月の頃だった。
早朝、彼が私の下駄箱に恋文入れる。私読む。
次の日早朝、私が彼の下駄箱に手紙入れる。『昼休み、校舎裏で。』
昼休み、私が校舎裏で何人かのクラスメイトと一緒に待ってる。
彼びっくり、で次の瞬間の私がこれ。
『うわ、ホントに来たよカゲくん。今どきラブレターとか古風だよね、何かの罰ゲームで書かされてんのかと思っちゃったよ』
『うん、もう返事とか聞かなくても分かってるよね。状況分かってて帰らないの勇気あるなって思うよ、いやホントお世辞じゃなくて、私なら怖くて逃げてるよ』
『大丈夫大丈夫、心の籠もったお手紙を捨てるほど私も非道じゃないから。いやー感動したわー、したよね?みんな、ねー?学校新聞にするべき名文だよこれは、折角だから皆に自慢しようと思います』
『じゃそゆことで。おしまい、帰れ。バイバイ』
もしも何かしらの弁明が許されるのであれば、私にとっても男の子からラブレターを貰うなんて生まれて初めてのことで、現実感が無かったというか。
そもそもなぜよりにもよって、全生徒身長ワースト2位であだ名が『チビ2号』の私ににこんな突然桃色イベントが!?とか、これ絶対やらせだろとか、疑心暗鬼だったというか、クラスメイトに相談したら煽られて引っ込みがつかなくなって、判断力も思考力も正常では…いや、止めよう、見苦しい。
理由なんて無い、理由があったとしても許される行為じゃない。
ただ私が最低の屑だったというだけだ。
翌日、私は止せばいいのに宣言どおり廊下にラブレターを貼り出して晒し者にして笑い者にして、先生に大目玉を食らった。
その時の私は反省なんてこれっぽっちもしてなかった。そのくせ神妙な振りをしながら白々しい謝罪をして、散々人の心を踏みにじっておいて、それだけで済んだ笹川光紀。
辱められ、嘲笑われ、何も言わずただ肩を震わせてこちらを睨みつけていた影谷太陽。
その二人が今ここで3ヶ月振りに再会したというわけである。
3ヶ月?何だ3ヶ月って、その間何してたんだ私?
なんもしてなかった。
最初は何もなかった。
『馬鹿にされた人間の気持ち、あんたが一番知ってるはずだよ』
知ってるよお母さん、でも私をチビって馬鹿にしてあだ名まで広めた連中に、私一度も怒った事ないよ。本当のことだもん。
『後悔があるなら、お前が自分で考えてケジメをつけなさい』
余計なお世話だよお父さん、いっつも私の味方してくれないよね、そんなに私の事嫌い?
罪悪感も後悔もなく、ただ終わった、やり過ごした、という感じの、祭りのあとのような虚無感だけ。
とても緊張を強いられる人生の突発的イベントをやり過ごしたのだという、奇妙な安堵が少しだけ。
1週間して、何をしても楽し
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6..
23]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想