「アレク、ごはんできたよー!」
「ん、いま行く」
畑を耕す手を止め、窓から掛けられた声に言葉を返す。
気づけば空も赤く染まり始めていて、仕事を切り上げるのにも丁度いい頃合いだ。
服についた汚れをはたきつつ家に入ると、親友であり同居人のハルが迎えてくれた。
「お疲れさま。うわ、すごい汗……お風呂も用意しておいたけど先に入る?」
「あぁ、ありがとう」
俺より頭ひとつ低い背、色素の薄い金髪と白い肌、同い年とは思えないほどに華奢な体躯。
直前まで料理をしていたためか、薄手の長袖シャツとズボンの上にエプロンを着けたままだ。
「洗濯ものは汚れひどいの分けといてね、別に洗うから」
「わかった、いつも世話をかけるな」
「ううん、嫌いじゃないから。こういうの」
できるだけ短時間で汗を流して居室に戻ると、机には料理の盛られた皿が2人分並べられていた。
お互いに向き合って席につく。
「「いただきます」」
芋、野菜、少しの干し肉……いつも通りの質素な食卓。しかしハルが丁寧に作ってくれたことは味でわかった。
「畑の方はどう?」
「相変わらずだな、水はけも悪いしミミズ一匹いやしない」
この辺りは地図の上では教団領に属するとはいえ、かなりの僻地だ。それが理由かは知らないが、とにかく土が痩せていた。
豊かな土地には精霊がいるらしいが、その影すら見たことがない。
「ボクがもう少し手伝えればいいんだけど……」
「いいって。その分家の事は任せてるだろ」
そんな土地に生まれたせいか、2人ともあまり良い境遇とはいえなかった。
ハルとはもともと隣同士の家に住んでいたのだが、数年前に流行り病で互いの親を失った。
誰もが貧しいこの村には、助けてくれる人などいない。
くわえてハルは生まれつき身体が弱く、1人で生活することも難しかった。もちろん俺も、やっていける自信はない。
だから身寄りのない者同士、一緒に暮らすことにしたのだった。
家の中のことはハルに任せ、俺は外に出る仕事を受け持っている。
村からはほとんどいない者扱いだが、それでもなんとか生活は維持できているだけマシだろう。
「「ごちそうさま」」
食事をおえて洗い物をするハル。俺も手伝おうとするのだが、
「アレクはずっと外にいたんだから、ちゃんと休んでて」
と制されてしまう。
代わりにできることは……と探すのものの、家の中は掃除も行き届いててやることがない。
休むのも気が引けるので、水音が止むまで椅子に座りながらハルの姿を眺めていた。
それから就寝までは、短いながらも自由時間だ。
他愛もない会話だったり、遊んだり……一番落ち着く時間。
ちなみにハルは頭がいいので、ゲームをやると9割俺が負ける。残りの1割は運。
「アレクはどこか行ってみたい場所とかある?」
「今は畑の手入れで一杯だから、思いつかないな。ハルは?」
「ボクは図書館に行ってみたいなぁ……。ここだと手に入らない本も沢山あるはずだし」
外にあまり出られないのもあって、ハルは空いた時間でいつも本を読んでいる。家に残っていたものや安く売っていた古本しかないのだが、料理もそうやって覚えたらしい。
ゆったりとした時間を過ごしていると、周囲は完全に夜になる。
「ふわ……そろそろ寝よっか。おやすみ、アレク」
「あぁ、おやすみ」
2つ並んだベッドへ横に成り、いつも通りの一日が終わる。
恵まれてるとは言い難いが、ハルと過ごす時間はとても満ち足りている。
多くは望まない、2人でこのまま過ごしていければ……。
そんなことを思いながら眠りにつくのだった。
願いも空しく、日々はあっけなく壊れた。
きっかけは教団の兵士とおぼしき一群が村にやってきた事だった。どうやら、この先にある魔界へと進軍する計画らしい。
日々を生きるのでやっとな俺たちにとって、魔族と教団の勢力争いはどうでもいいことだったのだが……。
ここから先の土地に詳しい者がいないため、魔界までの案内役をつけろと要求してきたのだ。
数日で済むという話だったが、魔界へと続くそこは「行けば帰ってこれなくなる」と言い伝えられている地域だ。少なくともここ一帯の住民は踏み入りすらしないし、戻ってこれる保障はまったくない。
「教団の庇護下にあるのだから、喜んで協力するのが民の義務である!」
などと高慢な態度で色々のたまう隊長らしき男。無茶苦茶な要求なのは明らかなのだが、一応は教団の支配下にある村に拒否権はなかった。
……そして誰も行きたくなどないからこそ、押し付けるように身寄りのない俺たちがやり玉にあげられた。
どちらかが案内役になれ、と。
(……くそっ!)
あまりにも唐突な理不尽に、唇を噛みしめながら考える。
いっそのこと逃げ出そうか、いや捕まればより酷い目に遭うだけだ。仮に抜け出せたとし
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