男は狩人だった。理由は定かではない。ただ、彼は只管に孤独であった。


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「成程、教団の司教が」
「へぇ、へぇ、なんでも少し『嫌な』手合いが来ちまったみたいでさぁ」
「魔物たちは?」
「皆どっかに行っちまいましたよ。匿った人間も罰せられるってモンだから、助けてやることも出来ねぇで。ホワイトホーンなんかが先導して山を越していったり何だり……、めっきり寂しくなっちまってねぇ」


顔なじみの革職人は、禿頭を撫でつけながらぼそぼそと語った。近頃は教団の権威も衰えたものだとアインザムは認識していたが、どうやらこの片田舎には数少ない例外が訪れていたらしい。曰く魔物の住民に追加で税を課したと。
遠い土地にとある聖職者が『買えば罪が許される』として紙の札を信徒に売ったという話を思い出す。確かそれも非難の的となり、権威の失墜を自ら招く結果になったのだったか。


「俺のところにも、一人魔物が来た」
「本当ですかい旦那、名前は何と?」
「オルニス、と名乗っていた」
「なんてこった……、あの子はね、例のホワイトホーンの一団と一緒に山を越える筈だったんでさ」
「あの豪雪だ、はぐれたのだろう」
「ああきっとそうだ。済まねえが旦那、冬の間だけでいい、あの子を匿ってやっちゃくれねぇですかい」


この辺りは冬になるといっとう雪深い、それこそホワイトホーンやイエティといった寒さに強く深雪をも踏み越えるタフネスを持った魔物でもなければ町の北に坐する山を越えるのは困難を極める。山で暮らして久しいアインザムですら、冬季は住処の周辺を巡回するのが精一杯だった。


「傷が癒えたらこちらに帰すつもりだったが……、そうもいかないようだな」
「冬を越えたら若い衆があちこちに助けを求めるつもりなんでさ、今はそのために旅道具なんかを揃えているところなんで、どうか、雪解けまでで良い」
「……分かった」


元より事情を聴いた時点で、彼は『そうする』つもりでいた。
幾ばくか多く渡された金貨を懐に仕舞いながら、普段よりも革の要求量が増えていたのもそういう事情かと、内心で合点する。


「あのキキーモラは責任を持って預かる」
「旦那……、すまねぇ、ありがとうなぁ」
「構わない」
「へへ、何とお礼を言えばいいんだか……ッと、いけねぇ旦那、例の司教だ、離れな」


革職人に促され、外套を羽織り直して路地へと踵を返す。物陰から覗き見た司教の姿は如何にも聖職者然として、しかしたっぷりとその腹を肥やした姿はアインザムにとって、魔物よりも魔物らしく見えた。


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____という事がありまして、私は皆と山に入り……」
「はぐれた挙句に罠にかかって行き倒れていたと」
「は、はい……」


頭の天辺から包帯の巻かれた足先まで、余すところなくついと嘗めたアインザムの視線に、キキーモラは僅かに身を竦めた。


「……すまなかった」
「え?」
「事の顛末は麓で聞いている。貴女を疑るような真似をした事をした、申し訳ない」
「い、いえいえ!とんでもない……狩場に迷い込んだのは私の方ですし、それに、ええと……。と、とにかくっ、頭を上げてください!」


オルニスの言に従って姿勢を正したアインザムが、袖から幅広のナイフを取り出して懐に仕舞う。これには思わず彼女も青褪めた、つまりそれは、眼前の魔物が不審であればすぐさま喉に突き立てられていた代物なのだ。

キキーモラとは、主人に仕え奉仕することを悦びとする種族である。立ち振る舞いはもとより、感情の機微や気配を察知する能力にも長けている。そのオルニスをして察知出来なかった確かな加害の意思に、総身が震えあがるような思いであった。


「町の皆から雪解けの頃まで貴女を預かって欲しいと頼まれた。俺はそのつもりだ」


貴方はどうしたい。と狩人は尋ねる。相談のようで相談ではない。


「あ、ええと……、お願いします……」


当然オルニスに冬の山を降りる術など無く、彼女は一抹の不安を抱えたまま狩人の厄介になる他なかった。____とはいえ結果から言えば、オルニスの不安は全くの杞憂であったのだが。

アインザムは早朝に一日分の薪を割って暖炉の傍に置き、井戸水を含ませた布で身体を清め、罠の様子を見て回り帰ってくると、それ以降は簡単な掃除や洗濯と飯の煮炊き、そしてオルニスの面倒を見る以外には何もしなかった。一月も経てば怪我も快方へ向かい、脚の『慣らし』も兼ねて部屋の掃除を手伝わせる程度の家事を任されるようになり。


「アインザムさん、物置の掃除が済みましたよ」
「こちらも終わった。……飯にしよう」
「はいっ」


それから二週間もすれば、二人はすっかり奇妙な同居生活に適応し始めていた。力仕事や巡回、食料管理と炊事はアインザムが、掃除や洗濯、ベッドメイクの類はオル
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