古城跡の赤帽子

 とある川の下流の側には渓谷がある。そしてその近くにはかつて村があったが、ある時大雨からの大洪水と直後に起きた疫病により滅んでしまう。
 そこには治めていた領主の城もあったのだが、村と共に家運も衰えたのか、今は誰もおらず、辛うじて城であったと分かる程度の石造りの廃墟がただ残るのみである。
 そこまでならよくある昔話だがーーこの古城跡一帯の評判を極めて悪くしているのが、古城跡に住み着いた邪悪な魔術師と、彼に使役されていたという人喰いの怪物の噂であった。
 残存していた古城の地下室に、まだ当時幼体だった魔物が運び込まれ、魔術師によって養われていたという。彼は迷い込んだ不運な旅人を捕らえては怪物に餌として貪り喰わせ、引き換えにその邪悪な力を使い、口にするのも憚られるような行いをしていたという。
 しかし、ある時魔術師の姿は忽然と消え失せ、それと共に怪物の噂もぱったり聞かなくなった。だが、それでも近隣の人々はその一帯を気味悪がり、誰も近づこうとせず、それは数百年以上経った今でも同じである。










 ーーとある村ーー

 ここは古城跡より少し遠い所にある農村。数百年前なら、一応隣村と言える位置にはある。

「へぇ、そこに出たっていうのかい。魔物が?」
「んだ! 子鬼が奇声を上げて追いかけてきたんで慌てて逃げたんだけんど、生きた心地がしなかったべ!
 そいつぁ真っ赤な帽子をかぶった小さな女の子みてえなナリしてるが、頭から2本の角さ生えてて、口から見える歯は鋭くて、両耳は尖ってて、膝まで伸びてる白い髪を生やしてたんだべ。そしてバカでけぇ鉈持ってて、それを軽々振り回してたから、華奢なナリなのに獣みてえに凄え力だべさ」

 ある日の午後、畑の脇で2人の男が立ち話をしていた。話題は古城跡に住む怪物についてである。
 実際にそれを見たというガタイの良い中年の方が興奮して語るのを、眼鏡をかけた茶髪で眼鏡の青年の方は興味深そうに聞き入る。

「私も見てみたいね」
「あぁっ、ヴァリーさん、オラの話聞いてたんか!? あんな小せえのに凄え力だど!
 追いつかれたら最期、あの鉈であっちゅう間に切り刻まれてバラバラに決まってる!」
「ふぅん。そう言われると怖いな」

 口ではそう述べるが、実際には農夫の目撃談を信じていないのか、ヴァリーは薄ら笑いを浮かべていた。





 このヴァリーという男は加工食品や薬、タバコなどの様々な食料・生活用品を荷馬車で運んで売り歩く行商人で、この村を含む近隣一帯を回っている。自身もこの地方で生まれ育ったため、前々からあの古城跡の話は耳にしていたが、人もいない場所に行く意味は商売上ないため、確かめたことはなかった。
 しかしこの度あの農夫の話を聞き、古城跡へ行ってみようという気になった。好奇心というか怖いもの見たさというか、あるいは代わり映えしない退屈な日常にささやかな刺激が欲しかったのかもしれない。彼が生まれて一度も魔物というものを見たことがなかったのもある。
 そういう訳で、ヴァリーは危険を承知で、古城跡に行ってみようと思い立った。





「ここか……」

 それから数週間後の正午前。来れそうな都合の良い日を選び、ヴァリーは件の古城跡へとやって来た。
 前日までに準備を済ませた彼は当日の朝早くに出立。盗賊を避けるため出来るだけ開けた道を通ること十数回を経て、ようやくこの寂れた廃墟一帯へと訪れたのだ。

「………………」

 数百年前は村であったのだろうが、今は辛うじて残る石畳には草が所々生い茂り、廃墟とすら呼べない石と木で出来た瓦礫の散在するだけの風景となっている。
 行商人は荷馬車から降りて辺りを見回すが、今の所近くに動物の気配はない。しかし魔物というだけあり、気配ぐらいは消せるのかもしれない。

(あの親父の話では人型のようだしな……)

 あの農夫の話では、魔物は人型であるらしい。元々か化けているのかは知らないが、髪の長い少女の姿をした子鬼だという。そして大鉈を振り回していたというからには、体躯に見合わぬかなりの力の持ち主と言える。

「………………」

 危険を承知でやって来た以上、相応の準備はしていたつもりである。弾薬とナイフを入れた肩掛けカバンを左肩から下げ、痩躯には少々似つかわしくないフリントロック式で銃剣付きのラッパ銃を抱えながら、青年は辺りを警戒しつつゆっくりと歩き出す。

(確かに何かいるんだろうな……)

 そうして恐る恐るゆっくりと歩いていく内、薄っすらとだが獣臭がするのに青年は気づいた。

(何だろう? ここら一帯の物とは違うようだが……)

 しかし、気になるのはそこだけではない。ここの雰囲気そのものが他と違うのだ。
 青年が興味をそそられたのは、通常見るガーゴイルとは違う、ヒキガ
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