「我が名はアグラト、偉大なるデーモンである。我を召喚せし者は汝か?」
カビっぽい石造りの古城の地下室にて、この日私は喚び出された。
「そうよ! このエリザベート様に喚ばれた事を光栄に思いなさい!!」
「………」
何だ、私を喚んだのは女だったか。それも年端も行かぬ小娘、いや少女と言うべきか。
儀式は辛うじて行えたようだ。しかし、それはこの小娘が魔道の才ある者なのでなく、脇に大事そうに抱えているあの魔導書の力だ。
「……いや違う」
それと、確かに喚んだの此奴のようだが、“契約者”ではない。
「我を欺くか? 汝には我を喚び出し、契約を望む正当なる理由が無いであろう」
「はぁ!? 話が違うじゃない! この本に書いてある通りに召喚儀式をやったのに!」
想定外の事態らしく、小娘がやかましく喚き散らす。どうやら、悪魔は喚び出せば好きなように使役出来るとでも思っていたのだろう。これほど無知ならば侮蔑よりもかえって憐れみが湧くというものだ。
「私の言うことを聞きなさい! ちゃんと生贄だって用意したのよ!」
そんな小娘の指示で後ろに控えていた従者どもが恐る恐る運んできたのは、ボロ雑巾のようになった少年だった。
「むごいことを……」
私は滅多なことでは動じないが、今度ばかりは怒りを覚えた。生贄と称する少年の身体には大小無数の傷が付いており、それも以前から痛めつけられていたようだからだ。
「この生贄を捧げるわ! だから私と契約しなさい!」
「良かろう」
「!」
今までは不満そうだった小娘の顔だが、私が承諾した途端に満面の笑みを浮かべた。なんと単純な奴だろうか。
「その小僧を私によこすのだ」
「お前達! 下がりなさい!」
少年を受け取りに私が前に進み出ると、手下どもも小娘も慌てて部屋の入り口まで下がった。
「……大丈夫か?」
「………ぅ……」
倒れた少年を抱き上げると、傷と痛みで意識が朦朧としているらしく、まともに受け答えさえ出来ない。
「ほん……と…ぅ…に……あく…ま……」
「そうだ」
首肯するも、少年には恐れは無い。いや、それどころか何故か安堵の感情さえ感じられた。
「こ………れ……で………よ……う…………やく……ボクは………」
「何だ?」
「お……ね………が……い………です………せめて……い…たく……ない……ように……く…る……しく……ない……よう……に…」
「………」
「ボ……クを………………こ……ろ………して……く……だ……さい……」
「!!!!」
少年がたどたどしい言葉で死を哀願するその姿に私は驚愕した。
「何故己の死を願う?」
それが気になり尋ねるも、少年は答えなかった。見れば気を失っている。恐らくは、この言葉も最後の体力を振り絞ったものだったのだろう。
「ちょっと! 生贄は渡したんだから早く契約を……」
「黙れ!!」
「ヒぃッ!!」
喚く糞餓鬼を一喝すると、私は両手に魔力を収束させ、探知魔術でこの少年の“過去”を探った。途端、あまりにも痛ましく、そしておぞましい光景が次々に私の脳裏に流れ込んできた。
「かわいそうに………」
この女はまだ十代半ばにも届かない若さでありながら、人を痛めつけ血が流れることに快感を得る真性の異常者だった。その悪意にさらされた少年は本来ならば色白で華奢な可愛らしい見た目でありながら、今では大きく変わり果てていた。小娘の気の赴くままに身体のあらゆる場所を毎日鞭や棒で殴られ、そこら中がどす黒い色へ変色し、さらには切創や火傷などの深い傷も数多くあった。
そうして、日常的に行われた陰湿な罵倒や凄惨な暴力、さらには女が気まぐれに行なったここ数日の拷問によって、少年はあらゆる希望を奪われ己の生と人の世に絶望してしまった。そして最後には、この地獄のような日々から解放されたいがために己の死を願うようになっていたのだ。
「!」
ここで私は気づいた。あの魔導書が私を喚び出したのはあの小娘でなく、この少年のためなのだと。
「泣いてる………なんで?」
小娘が呆気にとられているが関係ない。私はこの少年が悪魔に助けを求めるほどの苦しみを知って心が痛み、涙を流していた。
「いつまで泣いてるの? いい加減……」
涙を拭い、立ち上がった私を見て怯んだ小娘は後ずさり、また壁にぶつかった。
「待たせたな」
「え、えぇ、ホントよ。さっさと契約を済ませ…」
「いや、汝とは契約出来ぬ」
「はぁぁ!?」
よく表情が変わる奴だ。だが、事情を知らぬ先ほどはまだ可愛げがあったが、知った今では奴に怒りと憎しみしか湧かぬ。
「我が契約を結ぶは“相応しき”者。即ち、真に我を求め、その力を己の望みを叶えるために欲する者だ。
故に汝は我を喚んだ“召喚者”であれ
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