ーー王魔界・魔王城ーー
勇者とリリム父娘からエンペラ一世を庇うかのように彼の影から突如現れた貴婦人。その姿は亡くなった彼の妻、『ソフィア・ヤルダバオート』に瓜二つであった。
『お願いです……もうこれ以上この人を傷つけないで……』
内でも外でも状況が刻一刻と激変するという切羽詰まった中、突然の闖入者に困惑するエドワードとミラ。悲しげな表情で懇願する女の姿に躊躇する以上に、彼女の姿形がソフィア皇后その人である事に戸惑ったのである。
ソフィア皇后が亡くなったのはエンペラ帝国の崩壊の数年前であり、それは最早『亡くなって久しい』どころの年数ではない。ならば、この場で蘇ったのか、それとも『別人』なのか。
「貴方は……一体……」
苦しむ皇帝を警戒しつつも、次々に湧く疑問を解消すべく、目の前の女に問いかけるエドワード。かつて妻の所有する絵画の中に、生前のソフィア皇后を描いたものがあったが、彼女の姿はまさにそれそのもの。
『……私は………』
エドワードの問いかけに答えづらいのか、言い澱む女。
『ぐ…ぬぅう……!』
「「!!」」
『ぬぅうぁああ!!!!』
しかし、父娘は彼女の返答を待つことは出来なかった。エンペラ一世がどうにか幻覚の解除に成功してしまったからである。
『………!!??』
胸に真一文字に拡がるおぞましい感覚に不快感を覚えながらも、極彩色で塗り潰された視界が段々と晴れ、先ほどと同じ風景に戻っていく。だが、そこに一人増えた人物の姿を視界に捉えた瞬間、皇帝の心は例えようもない衝撃を受けた。
『………………!』
一刻でも早く脱出すべき危機的状況でありながら、皇帝は茫然自失となり、目の前の女を凝視するばかり。しかし、それも無理からぬ事であろう。
前魔王からの呪いを肩代わりしたが故、皇帝の代わりに命を落とした愛する妻。その犠牲に皇帝は深く感謝しつつも、一方で己の死の間際まで悔い続けていた。
((………………))
永遠に別れたはずの夫婦の再会に水を差すーーまったくもって無粋である。魔王の夫として、魔王の娘のリリムとして、本来ならば祝福したいところだが、この状況がそれを許さなかった。
今皇帝に逃げられれば、魔王軍だけでなく世界中の魔物娘に犠牲が出る。完全な無防備となった今この場において、それを指を咥えて見過ごす道理はなかった。
『………!』
だが、彼女はそれをさせまいとしている。
「ーー!」
しかし、女のそんな思惑を無視してエドワードは動いた。常人、いや手練の魔物娘とて『その場から消えた』と判断するほどに素早い身のこなしで放心状態の皇帝に斬りかかっていた。
「!」
『………』
だがそこで間一髪、エンペラ一世の振るった鉄棍が魔王の夫の刃を受け止め、弾き返した。それを見て取ったミラも再び幻術を行おうとするもーー
「っ!」
『無駄だ』
一度喰らった皇帝に最早同じ術は効果をなさない。魔力で押し包まれるも、刃を弾き返した後、すかさず床に叩きつけた鉄棍によって魔力も術も霧散してしまった。
『それにしても不愉快な手を使うものだ』
突如現れた女をちらりと見やると、皇帝は父娘へ実に忌々しげに語った。
『救世主とはいえ、余も人間。亡き妻を想う心があるのを利用したか』
そう言われ、父娘は一気に不愉快そうな顔になる。そういった情に訴え、人の心や愛を弄ぶようなやり方は魔物娘が一番嫌うものであるからだ。
『余の妻ソフィア・ヤルダバオートは死んだ。余や帝国軍の将兵と違い、蘇る事はない』
そんな二人に普段の彼らしからぬ、どこか悲しそうな様子で妻の死を語るエンペラ。それにしても、彼等と違い蘇らぬ理由は何故なのか? それを父娘は訝しんだ。
『かつて余と帝国が死闘を繰り広げた貴様等の先主である前魔王。奴は実力での余の打倒が不可能だと見て、それ以外の方法に切り替えた』
「……存じている。魔術を極めた僕の妻でも真似出来ないほどに強力な呪いだと」
現魔王はこの世に並ぶ者無きほどに魔術を極めた者。それはエドワードもミラもよく理解している。
しかし彼女の信条から、『呪殺祈祷』などの対象者を死に追いやる、あるいは不幸にする術全般を禁忌とし、あえて身に着けていない。だが、それを抜きにしても、前魔王の禁術のいくつかは現魔王でも身につけられぬほどに高度で、そしておぞましいものだという。
『そうだ。メフィラスの見立てによれば、救世主である余でも恐らく保って二年。それほど強力な呪いだった………』
エンペラはかつて呪いに蝕まれ病床に臥せった晩年の日々を思い出し、天井を見上げた。
『当代最高の魔術師である“魔術師元帥(グランドマスター)”メフィラスの力をもってしても解呪は不可能だった………だが、余は生
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