蘇りし聖女

「ウィイ〜、ヒック……あぁジャンヌゥゥ〜〜」

 私の名はジル・ドレー。元は一国の元帥まで務めた男だ。
 ……ちなみにこれだけは断っておくが、口さがない人々は私のことをアルコール中毒だとか、『家の財産を食い潰したバカ息子』だとか散々抜かすが、それは全部ウソだ。
 しかし一番許せぬのは、世間では何故か私がペドホモ呼ばわりされている事だ!! 私はノーマルだ!! そもそも何故小便臭いクソガキや男相手に欲情せねばならぬのだ!!

「ウェップ……グスッ、ヒック……ジャンヌゥゥ!!!!」

 どうしてこんなザマになったのか? まぁ、説明するのも面倒だから、そこは歴史に詳しい者にでも尋ねるがいい。
 一つだけ言えるのは、今の私に希望は何もない。愛しき人を失い、尽くしたはずの国に財産を差し押さえられた私は、居城に軟禁されてから数ヶ月、こうして毎日酒で退屈と鬱憤を紛らわす始末だ。

「はぁ………………」

 とはいえ、それでも下々の者よりは恵まれているだろう。食うや食わずという事はなく、ねだれば酒は貰える。もっとも、閉じ込めた奴等の『少しでも早く死んでほしい』という思惑も透けて見えるがな。
 だが、彼女が死んでからの私には最早この世への未練は無い。別に今日明日にでも死のうが一向に構わない。

「………便所行こ」

 こんな姿、彼女が見たらなんと言うだろうか? 少なくとも肯定的な言葉は述べてくれない気はする。
 彼女はどんな窮地逆境にあっても、絶対に弱音を吐かず、周囲を勇気づけた。聖書も読んだことも無いような村娘でありながら、誰よりも勇敢で凛々しく、それでいて慈悲深く、さらには誰よりも神の御心を信じた。
 「神は私にこの国を救えと仰りました」ーー初めは周囲の誰もが彼女を胡散臭く思った。当然だろう、何故こんなやたらとデカイ女に神が救国の使命を授けるというのだ。しかし、そんな周囲の下馬評を覆すほどに彼女はーー

「ぶべっ!」

 …イテテ、誰だよこんな所に本を置いといたのは!? 転んじまったじゃないか! クソッ、むしゃくしゃする!!

「ふぃ〜〜、おぅ出る出る出る出るぅぅ〜〜〜〜」

 だが、皮肉にも私は彼女ともう会えない。彼女は既に神の御下に召されたのだーーまぁ、世間のバカどもはそう思ってはいないがな。
 そもそも彼女は戦が一段落ついてきたところで、手柄を取られると思った諸侯どもが讒言し、聖女であるはずの彼女が逆に魔女の烙印を押され、あっという間に処刑されてしまった。
 ……確かに彼女はゴツかった。私より背の高い筋骨隆々とした大女で顔も全然可愛くないし、ツヴァイハンダーを片手で軽々と振り回すその姿は下手な男よりも余程男らしかった。だが、それが何だ! 見た目も聖女らしくなくては駄目なのか!?
 彼女は間違いなく聖女だ! 事実、私も兵士達も皆彼女に支えられた! 国を救うために一番働いたのは間違いなく彼女だった!
 なのに奴等は戦が集結した途端、用済みとばかりに彼女を処刑した! ああ、哀れな聖女よ……私が愚かで無力なばかりに貴方が殺されるのを止められなかった……!

「あたまいてぇ………………ここは迎え酒といくか〜」

 しかし情けないことに、私は彼女の後を追う度胸は無かった。名もなき兵士達や単なる村娘であったはずの彼女でさえ戦場では命を賭して戦ったというのに、元帥にまで列せられたはずの私には死ぬ度胸が無かった。
 そうして、今はこのザマというわけだ。毎日酒に溺れ、世間は私の姿が見えぬのをいいことに根も葉もない噂を流しまくる。やれペドホモだ、やれ猟奇殺人者だ、やれ詐欺被害者だと散々だ。
 世間のバカどもはペドホモだと言っているが、そもそも私は彼女に惚れている。見た目ではない、その生き様にだ。戦争終結後にプロポーズしようと思っていたぐらいだ。
 猟奇殺人者はペドホモから出た噂らしい。私がアブノーマルな趣向で男児を犯した後に虐殺するんだとか……はっ、くだらん! そもそも私はガキが嫌いなのだ! 城に入れたいとさえ思わん!
 ……だが、3つ目の詐欺被害者だけは本当だ。戦中、長引く戦と資金繰りに窮した私は精神的に弱っていた故、くだらん詐欺に引っかかってしまったのだ。

「ウヒィ〜〜………………」

 『フランソワ・プレエントリー』ーー錬金術師を自称するその男は私に言葉巧みに近づいてきた。そして、鉄屑を金色に染めるというチャチな魔術で私を信用させ、魔導書を高値で売りつけたりして金をしこたま儲けた後、ある時行方をくらましたのだ。
 その時私はようやく騙されたことに気づき、八方手を尽くして探させた。幸い、領内から逃げ切る前に捕まえられたので、「こんな男を世に放っても人に迷惑をかけるだけ」と思い、さっさと処刑させた。
 仕官時の面接で鍛えた嘘吐きを詐欺に応用する手強い男だ
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