(………………)
皇帝に潜む“影”は意識こそあったが、まだ実体を得ていなかった。だから、頭上の光景をただ眺める事しか出来ない。
とはいえ、今実体を得る事に躊躇いもあった。肉体を得て現れたところで、皇帝は彼女を受け容れないだろう。恐らくは見た瞬間激怒し、そのまま殺してしまうはずだ。
しかし、死ぬ事が恐ろしいのではない。『愛する男に受け容れてもらえない』のが恐ろしいのだ。
だが、決断の刻は迫っていた。今起きようとする惨劇を防ぐためーーそして例え魔王の娘であろうと愛する男を奪われないためにも。
「あぁ…これでようやく貴方と身も心も繋がれる
#9829;」
恍惚とした顔でエンペラに告げるミラ。しかし、皇帝の方は嫌悪感丸出しといった表情であり、明らかにその気は無さそうであった。
『何だ、起きてから股の感触が妙に気持ち悪いと思っておったが、寝ている間に犯していたのではなかったのか』
しばらく敵地に意識の無い状態で囚われていたため、魔物の誰かしらが自身を犯していたと思っていたエンペラ。もっとも、知らぬ内に犯される事に不快感こそあれども、自身の男性不妊は承知していたため、それ自体は特段深刻には捉えていないようだった。
「そう簡単な話じゃないのよ。いくら貴方を犯しても、貴方がそれを感じてくれなきゃ何の意味も無いじゃない」
確かに、皇帝が眠っていた間にいつでも犯す事は出来た。しかし、魔物娘だから男を犯せればただ満足というわけではないのである。
前日、ミラは母から催眠状態にあるエンペラの肉体調査を命ぜられ、独りで最下層牢獄にやってきた。
「これはミラ様」
「任務ご苦労さま。それと、そう畏まる必要はないわ」
牢番をしていたデーモンのチェチーリアが早速恭しく礼をするも、必要無いと面を上げさせる。
「本日は何の御用でこちらに?」
「そこで寝かされている男の調査を母様から命じられたのよ」
「……そこまでとは」
そこの男の噂はチェチーリアも知っていた。リリムがわざわざこんな場所に派遣されたからには、その伝説的な蛮行の数々も本当なのだろう。
「特に彼の肉体にはお母様も大変興味を持っているのよ」
「成程。だからミラ様をここへ」
「そういうこと」
“救世主”という存在に、以前より魔王は興味を抱いていた。自身と並ぶほどのその戦闘能力を始め、知りたい事はたくさんあったのだ。そして、この度のエンペラ捕縛を好機と考え、自身の娘の一人にして医療魔術に造詣が深いミラにそれを任せた。
「まぁ、私自身も彼に大いに興味があるから受けたんだけどね」
エンペラは父を二度も死に追いやった憎い敵ではある。だが、当の本人が素直に敗北を受け入れ、「同じ人間相手に初めて全力を出して戦えた」として、どこか晴れ晴れとした様子で語るほどだった。
ミラはそんな父の初めて見る姿に戸惑ったが、同時に父にそう言わしめたエンペラ一世という男に母同様興味を抱いたのである。
「楽しみだわ
#9829; 救世主の肉体がどんなものなのか…」
しかし、魔物娘である彼女が一番興味を持つのは当然性的な事である。
「チェチーリア、調査が終わるまで外して頂戴」
「はっ。仰せのままに」
正直、チェチーリアもエンペラに女として興味津々ではあったのだが、魔王の娘に命じられては従うしかない。残念に思いつつ、デーモンはしばらく席を外したのである。
「………………」
己一人になったのを確認したミラは虜囚の逃亡防止に張られた十二層の結界を通過し、男の元へと進む。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。本日貴方様の肉体の調査を任されました、ミラと申します」
ベッドに鎖で縛られ眠り続ける男と対面したミラ。意識は無い事は承知しているが、それでも敵国の皇帝への最低限の礼儀として恭しく挨拶する。
「失礼」
済んだところで早速、寝ている男の頬に右手を添え、まじまじと見つめる。
(ふーん……)
年齢的には老人と聞いていた男は思っていたよりずっと若い。肌に皺やシミも無いどころかむしろきめ細かく、顔の方も彫りの深い、英雄らしい精悍な顔立ちだった。白髪の無い黒髪は短く切り揃えられ、髭も綺麗に剃られているので全体にさっぱりとした感じを受ける。
彼女は中性的な美男子よりは男らしい顔の方を好んでいるので、どちらかと言えば彼の顔は好みである。
「あら!」
気が済むまで眺めたところで、続けて肉体の方に視線を移すが、見た途端その肉体のあまりの屈強さにミラは感嘆の声を上げる。
魔王城内には魔物娘だけでなく腕の立つインキュバス達は多くおり、廊下ですれ違う彼等の身体をよく見てはきたが、それでも目の前の男に匹敵する者はいなかった。
(スゴイ…)
素
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