嫉妬する宇宙恐竜 魅入られたリリム

 話は二十分ほど前に遡る。

(………)

 エンペラの目が覚めると、知らない天井と壁があった。さらには空気が澱んでいるのか妙に息苦しくて生臭かった。

『………?』

 そして何故か己が下着一丁であり、さらには安っぽいベッドに鎖で何重にも縛られている事にも気づいたのだった。

(ここは何処だ? 何だこれは?)

 まだ残る強い眠気と妙に薄汚い空気に苛まれつつ、いくつもの疑問が頭に浮かぶが、それを一旦置いて思考と記憶を整理する。

(……そうか、余は敗れたのか。だから、このような情けない仕打ちを受けているのか)

 そうして意識を失う前の事を思い出し、落胆する。否定しようにも、この不可解な状況が結局それを肯定してしまう。

(前魔王の時は引き分けに終わったが、今度は敗れたか)

 前魔王とはダークネスフィアにおいて四日間の死闘の末に引き分けた。だが、今回は連戦の末とはいえ敗れた。“敗北”ーーそれが彼の心に重くのしかかる。

(情けない話だ)

 エンペラ帝国皇帝であると同時に、“人類最強の男”と持て囃されてきたが、結果はこの有様である。これで何が皇帝だ、救世主だと、心中でエンペラ一世は自嘲した。

(…とはいえ、いつまでも嘆いてはおれぬ。早く脱出せねばな)

 しかし、嘆くのはここまでーー彼は敗軍の将として首を刎ねられるつもりも、この牢獄で余生を全うするつもりもない。救世主としての責務、そしてエンペラ帝国皇帝としての大望ーーそれらを成し遂げるまではいくら敗けようが諦める気はない。
 今は情けなく敗れたとしても、次で勝って奴等を滅ぼせば良いだけの事だ。そのためにも、まずはこの不浄の空間から脱出せねばならない。

(…まずはこの鎖か)

 しかし、すぐには動けない。ご丁寧にも、太く頑丈な鎖で何重にも彼を縛りつけ拘束している。
 さらに悪いことにこの鎖は特別製らしい。そこらの粗悪な鉄と違って、少々力を入れたぐらいではどうにもならない。

(その上魔力吸収型か)

 極めつけに、魔術を用いた破壊を試みようものなら、その前に魔力を吸収して発動自体を無効化する性質のようだ。

(だが)

 しかし、それは凡百の術者相手の話。

『余相手には甚だ力不足よ!』

 桁外れの魔力量を誇るエンペラ一世にとっては、そこまで困る代物ではない。魔力を吸収する素材といっても、所詮その吸収量には限度があるからだ。

『〜〜〜〜!』

 皇帝が早速全身から高熱を帯びた魔力を放出するも、鎖はそれを吸い取って無効化していく。だが、無尽蔵にも思える皇帝の魔力量の前にやがて赤熱化した鎖は限度を迎えーー

『!』

 やがて音を立てて砕け、部屋中に弾け飛ぶ。

(これで動けるが…)

 けれども、難題はこんな鎖ではなくその先だ。牢獄の格子に張られた極めて強力な防護結界の存在にエンペラは気づいていた。

(奴は気づいておらなんだか…)

 だが、この十二層にも及ぶこの防護結界は結果的に防音壁ともなっており、エンペラが鎖を破壊したにもかかわらず、見張りのデーモンは全く気づいていない。愚かにもこちらに背を向けて椅子にもたれかかって壁に両足を突き、呑気に爪へマニキュアを塗っている有様だ。
 …もっとも、こちらとしても牢番が不真面目なのは助かるのだが。

(………)

 デーモンが気づかない内にやり遂げようと、結界に左手を翳し、目を瞑るエンペラ。

『……ぬん!』

 そして掛け声と共に、なんと皇帝は防護結界から直接魔力を吸い上げていく。すると、段々と一枚目の壁が薄くなり、やがて消えてしまった。

「〜♪」

 恐ろしいことに、すぐ背後で結界が破壊されつつあるにもかかわらず、デーモンは全く気づかない。相変わらず呑気にマニキュアを塗り続けているばかりだ。

(馬鹿め)

 そんな目の前のデーモンの愚かさにほくそ笑むエンペラ。
 魔王の張った結界は極めて強力であり、外部からも内部からも攻撃はもちろん、電波や魔力などのあらゆる物を通さない。だがその弊害として、内部から音も一切遮断されるため、見張りがこちらを向いていなければ何をしてようが気づかれないのだ。

『うっ……』

 吸収した魔力の影響で吐き気を催すエンペラ。しかし、今結界を破れるのはこの方法しかないため、それでもやり続ける。
 この結界に限らない事だが、術者より距離が離れるほど、当然ながら魔術を発動し続ける事は難しくなり、魔力消費も増える。実力者ならば相当距離を隔てようとも魔術の長時間の発動・維持は可能だが、それでも消耗は大きいため、この場合別の物に魔力を肩代わりさせる事が多い。
 そして、大抵の術者が発動のために魔力を肩代わりさせるのは“土地”である。即ち、その土地に満ちる魔力を利用して術を展開・維持するのだが、魔王もこの
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