怨念の宇宙恐竜 魔王と皇帝

 ――ダークネスフィア――

 冷風が吹き荒ぶ闇夜の荒野を照らす、幾条もの妖しい光。

「お母様!」
『ほう……』

 そして、自分の眼前に注がれる一際太い光の中心を、エンペラは何処か嬉しそうな様子で見つめる。とはいえ、それも無理もない事であろう。
 エドワードとの死闘は極めて激しいものだったが、魔と神の力に多分に侵されているとはいえ、同じ人間相手に戦うのは“救世主”たる彼の本分ではない。一応、本人は自身と並ぶ力の持ち主であるエドワードの力に驚き、また久方ぶりの一対一の死闘を楽しんではいたが、それでも本来ならば救世主として戦うべき相手ではない。

『まさか今日この場で、貴様と相まみえるとは思わなんだ』

 彼が生まれた意義――それは人類を滅亡に追い込む“異種族”と戦い、さらにはその巨魁を殺す事。それは一度死に、蘇った現在も同じだ。

「フフ……お会い出来て光栄だわ、皇帝陛下」

 何者をも魅了する媚笑を浮かべ、降り注ぐ妖光より現れいでた女。

『ようこそ、我がダークネスフィアへ。其の方が今代の魔王か』

 絶世の美貌を持つのはリリム達と同じだが、全身より放つ魔力はリリム最強と目されるデルエラさえも圧倒的に上回り、それでいて目を離せなくなるほどに淫蕩なものだった。名乗るまでもなくその正体は明らかであろう。
 だがそれでも、皇帝は怯まない。この女を倒す事が彼の蘇った目的の一つである以上、戦意が昂りはすれど、怖気など微塵も湧きはしない。

「如何にも」
『来るのが分かっておれば、相応の礼を尽くして出迎えたものを』
「今は戦時中故、そのような気遣いは不要ですわ」

 互いの顔がはっきり分かる間合いで対峙する両者。だが意外にも両者に殺気は無く、むしろお互い興味津々といった様子である。

「……!」

 そんな中、母の傍らで驚愕するデルエラ。それは母が夫を傷つけられておきながら、それを感じさせぬほどに穏やかなままであったのもそうだが、それ以上に敵の姿に驚いたのだ。
 もう人妻とはいえ、『魔物娘の根源』たる魔王の暴力的という表現すら生ぬるいほどの淫魔の魔力を眼前で浴びせられて、顔色一つ変えず平然としている。これがどれほど異常な事かは説明の必要もあるまい。
 この男は本当に人間なのか。いくら愛する妻がいたとはいえ、それだけで我が母の魔力に耐えられるはずがない。
 それが前魔王と互角に戦ったというこの男の純粋な実力に起因するものか、あるいは心身に宿る魔物への圧倒的な憎悪によるものか、リリムには分からなかった。

『成程、ここに参ったのは全ての決着をつけるためか。其の方も娘や夫同様、余を討つつもりか?』

 今更分かりきった事ながら、あえてエンペラ一世は魔王に問うた。

「討つというよりは倒す…かしら? 私は例え貴方ほどの相手でも命を奪うのを良しとしません。
 正直に申し上げますと、私達は貴方がたエンペラ帝国軍とも分かり合いたいと考えております」

 皇帝に対し、魔王は微笑みながら嘘のない正直な気持ちを伝える。

『人間と魔物が分かり合えるはずもなかろう。そんな殊勝な事を考える連中ならば、余は生まれなかったであろうよ』

 だが、以前と同じく己の存在そのものを根拠に、皇帝は魔王の和解の申し出をはね退けた。

「以前なら、まさに貴方の仰る通りでしょう。しかし、今の魔物娘は違います」
『確かに誑かすのは上手くなったようだ。おかげで人間の数は減るばかりだ。
 愛だ何だと抜かすが、結局人間の女は魔物に変えられ、人間の男と子を作っても生まれるのは魔物しかおらぬ。人類は見事に衰退する一方で、貴様等はこれまでに無いほど順調に繁栄しておるな』

 さらに、皇帝は魔物娘の繁栄の陰で着実に人口を減らしつつある人類の危機、そして魔物娘繁栄の象徴にして問題点たる『魔物娘と人間の男の間には魔物娘しか生まれぬ』という事実を魔王に突きつける。
 皇帝にとっては魔物娘が愛だ何だと抜かして男と仲睦まじく暮らしてはいても、結局それが人類を減らし魔物娘に利する状況にしか見えなかったのだった。

『ならば、余が取り戻さねばなるまい。古き良きとまではいかぬが、せめて人間が人間のままでいられる世界をな』
「…確かに今の現状は歯痒く思います。私の力はまだ神々に及ばない――即ち、まだ魔物娘は人間の男児を産めぬという事。でも、それももうすぐ終わります。
 魔物娘の数が増え、私の力が神々の法則を超えた時、人間と魔物娘は真の融合を果たす。老いも病も、あらゆる苦しみが消え、愛と淫欲に満たされ、人と魔の争い無き世界が完成する」

 それでも魔王は己の理想、本心を語るが――

『だといいがな…』

 その言葉からして、皇帝が彼女の主張を一片も信じていないのは明らかであった。

『証拠はあくまで其の方の主張
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