――ダークネスフィア――
『う…』
無様に地面へ突っ伏し、彼らしからぬ呻き声を出す皇帝。
身動きを封じられた状態で爆発の威力は凄まじく、エンペラ一世もついに立ち上がれぬほどの大ダメージを受けたようだった。
「グルル……」
だがそれと引き換えに彼を掌ごと叩きつけたバーバラのダメージも大きい。右手の指は全てあらぬ方向に折れ曲がるどころか辛うじて掌に繋がっている有様で、爪も全て千切れ飛んでいる。
さすがの巨竜もこれは痛いようで、歯を食いしばり、息を荒くしていた。
「待ってて。今治すから」
その惨状にはさすがのデルエラも責任を感じており、血の滴る右手に回復の魔力を注ぎ、徐々に傷を癒していく。
「………………」
倒れ伏すエンペラ一世を、デルエラは巨竜の傷を癒しながら遠目で見つめる。
(本当に…倒せたの…?)
皇帝は倒れたまま動かない。しかし、デルエラは疑っていた。
「本当にあの一撃で救世主を倒せたのか?」――母を上回るかもしれぬ父と互角以上に戦い、ついには極短いとはいえ死に追いやったあの男を、我々は本当に倒したのか?
(本当に…)
敵は倒れ、動かない。しかし勝利に酔いしれるどころか、リリムには疑念しか湧かなかった。
(これで幕引きなの?)
「……」
「キャッ!」
治癒魔法を掛けてくれているものの、リリムの関心は倒れている皇帝にある。それを感じ取ったバーバラはデルエラを強引に振り払う。
「何を!?」
竜王はデルエラの問いかけを意に介さない。魔王の四女の懸念にして、一族の仇。
今、それを討ち取ろうと、バーバラは左手を掲げる。
「!! やめなさい!」
先ほどは殺し合っていたはずだが、皮肉な事に今は殺させまいと、デルエラはバーバラの前に立ち塞がる。
「確かにこの男は軍勢を率いて各地の魔界を襲撃し、数え切れないほどの魔物娘を殺させた! そして、数百年前には貴方の一族を滅ぼした!
けれど、それでも殺してはダメなのよ! 人間を愛する私達がその人間を殺しては、結局彼等や教団の言う『魔物は人間を殺す』という偽りを自ら真実へと変える事になってしまうわ!」
「………………」
デルエラは必死で説得するも、バーバラは冷ややかな視線を向ける。それが“偽善”だと言わんばかりに。
しかし、竜王の冷たく威圧的な眼差しに魔王の四女は怯まなかった。
「それに今この男を殺せば、全世界に散らばるエンペラ帝国軍はますます怒り狂うでしょう。
そうなればどうなると思う? 彼等は絶大な忠誠を誓った皇帝の仇を取るため、魔物娘をさらに残虐な手段を用いて殺しにかかるはずよ」
今主君であるこの男を殺せば、もうエンペラ帝国軍に後は無くなる。最早主も亡く、帝国の復活という夢も破れた彼等に残るのは極限の怒りと絶望、そして現在以上の復讐心であろう。
そんな彼等を律するものはもう何もない。夢や希望、さらには守るべき矜持さえ失った彼等が一体どれほど危険な存在と化すのかは説明の必要も無いだろう。
「ここは彼を捕らえ、王魔界に連れて行くべきよ」
デルエラとしては、その後の処遇は両親に任せるつもりであった。恐らく悪いようにはしないはずだ。
「………………」
「時間は無いわ。いくら私達でも、怒り狂ったエンペラ帝国軍全部を相手するのは骨が折れる」
争い合っている時間はあまり無い。先ほど一旦退却した帝国軍が皇帝の敗北を察知して現れるかもしれない。
デルエラとバーバラだけでなく、フリドニア攻略軍も皆消耗している中、先ほど以上の軍勢にやって来られた場合はまずい。
エンペラ一世は倒した以上、ここはさっさと退くべきである。
『ぬぅ……』
「「!!!!」」
だがデルエラの焦りも虚しく、ここでエンペラは目を覚まし、起き上がった。
『あれは峰打ちのつもりか? 危うく死ぬところだったぞ…』
しかし、こう抗議する通り、連戦の上であれだけの破壊力のある攻撃を喰らったため、鎧は無傷であろうとも中身はそう無事ではないらしい。
さすがに声にも姿にも最初ほどの元気はなく、時折ふらつきそうになるのを抑えているという印象であった。
「……」
そんな皇帝をじっと見つめるデルエラ。こちらも弱ってはいるが、それでも状況は五分五分という感じには見えてきた。
(まだ戦闘不能にはならないか)
この男の打たれ強さには驚嘆する。だがそれでも、ようやく勝利への道は見えてきた。
『悔しいが、どうやら本気にならねばならぬようだ。
あの男相手ならともかく、たかが淫魔と竜相手にまでこの姿を披露するのは業腹だが……大望を果たすまでは余も死にたくないのでな!』
「来るわよ!」
立ち上がった皇帝の顔を再びタールのような黒い粘液が覆い尽くし、兜を形作
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