とある砂漠で、かつて太陽の王ファラオと冥界の毒蛇アポピスの戦いがあった。しかし激戦の末にファラオの軍勢は敗れ、ファラオとその夫はアポピスの牙にかかり、彼女の支配下に置かれてしまう。
だが敗北の直前、ファラオとその夫は一人娘のメシェネトを逃がしていた。彼女は軍勢をかい潜り、暗黒魔界と化した砂漠から一人逃げ延びたのである。
それからやがて三十年余りが経った。メシェネトは美しいファラオへと成長し、自らの魔力によって湧き出したオアシスを治める王となっていた。
初めは砂漠の一角に湧いた小さな泉ではあったが、それは段々と大きくなり、やがては水を求める人々と魔物娘が集まって集落が出来た。そして今や都市と呼べるほどのものとなり、四方から交易のための商人を始め、人と物の出入りも盛んになった。
治める民を持たぬ孤独な彼女であったが、今ではこの繁栄した都市に君臨する女王である。メシェネトはようやく母と同じ偉大な統治者となりつつあったのだ。
そんなメシェネトであったが、未だ寄り添う伴侶を持たぬ独り身である。有り余る美しさを持ちながら、それを受け止めてくれる相手に幸か不幸か未だ出会ってはいなかった。
ただし、彼女に今のところ不満は無い。彼女に夫はおらぬが、『愛しい息子』は既にいるのだから。
「ただいま、母様」
「おかえりなさい、トーヴ」
メシェネトの暮らす煉瓦と石で出来た宮殿。その玉座に座るファラオの前に現れた、このまだあどけなさの残る『白い肌で濃い茶髪』の美しい少年の名はトーヴ。
十二年前のある日の昼間、ファラオが河の側を供の魔物娘達と歩いていた時、葦で編んだ籠に乗せられて河を流れてきた赤ん坊の彼を見つけたのである。このままではその内溺死するかワニの餌になるのは確実だったため、ファラオ達は慌てて彼を助けた。
そのようにしてどうにか助かったものの、彼女の胸に抱かれた赤ん坊は大声で泣いた。そんな赤子の声に心を揺り動かされたのか、彼の境遇をメシェネトは哀れみ、その両親に憤慨した。
そして、同情した彼女は彼を引き取って自らの子として育てる事にしたのである。
「今日はどんな風に遊んだのかな? 後でお話を聞かせてね」
「はい!」
穏やかに微笑むファラオに元気良く返事をするトーヴ。
二人に血の繋がりは無いが、今では実の親子同様の絆で結ばれている。その仲の良さは部下のマミーやアヌビスらにも羨ましがられていた。
また、未だメシェネトの心の片隅で燻り続ける故郷の滅亡への悲しみを、彼が癒してくれていたのだった。
「………………」
だが、傍らに侍るアヌビスのメティトは薄々だが気付いてはいた。
トーヴを見つめる母の顔は、段々と“女の顔”に変わってきていた。少年は母の心を癒すと同時に、血の繋がりの無い若い牡の体で無意識に母を誘惑してしまっていたのだ。
(何も起きなければ良いのだけれど……)
メティトはそんな二人にどこか危うさを感じていた。彼女自身、主もその息子も尊び、また大事に思うが故だ。
無論、メシェネトは体目当てでトーヴ少年を養育しているのではない。彼女は誠実に母であろうとし、いずれトーヴを“王”として相応しい男に育てようと努力している。
だがそんなファラオでも、魔物娘としての本能には抗いがたいようでもあった。このアヌビスの見る限り、“女の眼”で彼女が息子を見つめているのをしばしば目撃しているからだ。
血の繋がりの無い息子であると同時に、唯一身近にして心を交わす少年。その関係を弁えていても、やがては心だけでなく体もまた繋がり、交わりたいと思うのは不思議ではない。
しかし、もし一線を越えてしまえば、二人の関係は永遠に変わってしまう。少なくとも、普通の母と子ではいられないだろう。
それを本人達が受け容れるか、あるいは幸福に思うかはその時にならねば分からない。そして親子の愛情がこの先男女の愛情に変わるか否かはこのアヌビスにも、本人達にも分からないだろう。
「今日もいっぱい遊んだんだー」
「ふふ、皆で魚を釣るのは楽しかった?」
夕食が済んだ後、メシェネトとトーヴは二人で風呂に入り、一日の疲れを癒していた。
浴室は広さこそそこまでではないが、さすがにファラオ用の浴室だけあり、所々黄金や精緻な装飾で飾られた、贅を尽くした凝った造りとなっている。
もっとも、メシェネトとトーヴの関係はあくまで母と子。故に一般の魔物娘の上流階級にありがちな、風呂場での性交を最優先に考えた構造ではない。
風呂の湯もただの熱湯で、魔界の水や性欲を高める薬などは一切入っていない。そのため、ここはあくまで『贅沢な風呂』でしかない。
「うん! 三人一緒でこーんな大きい魚をね!」
「……」
だがそれでも、母の心は段
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