魔術師の女

 レミエルが勇者として育てるべくダイロ少年を引き取ってより一年ほど経った。その間にも二人は守護天使と勇者見習い、また師匠と弟子として絆を深め合い、毎日を過ごしている。

「やぁーっ!」

 勇者となるのには弛まぬ努力以外に近道は無い。そのため、今日もダイロは剣術のお稽古である。

「いいわよ、ダイロ。なかなか形になってきた」

 弟子の上達ぶりが嬉しくなり、稽古の最中でもつい顔をほころばせてしまうレミエル。
 以前は剣術の“け”の字も知らず、また字も知らないほどに学もなく、その上農民の子でありながら農作業にも苦労した貧弱な少年。同年代の子どもと喧嘩でもすれば、まず敵わず、一方的に叩きのめされたであろう。
 しかし驚くべき事に、そんな彼でも勇者の素質があった。まだ一年程度だが、それでも毎日鍛錬を積んだ事により、ようやく秘めた才が芽を出し始めた事を彼女は師匠として、そしてヴァルキリーとして心底喜んでいたのである。

「あなたが勇者になるのも、そう遠くはないわね」
「ホントに!?」
「隙アリ」
「あうっ!」

 その言葉を聞いて大喜びしてしまうダイロだが、その途端に隙をさらしてしまい、レミエルの棒切れが彼の頭頂部を叩く。
 哀れ、喜びが悲しみに変わってしまったダイロは蹲ってしまう。

「嬉しいとは思うけど、そのぐらいでいちいち隙をさらしていては駄目。実戦では少しの隙が、あなたの命を失わせる事になりかねないのよ」
「ご、ごめんなさい」

 見下ろすヴァルキリーの手厳しい指摘に、尻餅をついたままうなだれるダイロ少年。

「今は稽古中だからそれで済む。けれど、実戦では魔物に――」

 そこで彼女の脳裏には、愛しい少年が浅ましい魔物どもに打倒される姿が映る。
 彼の服は切り裂かれ、剥き出しとなった裸体に魔物の雌どもが襲いかかる。少年は抵抗もままならず、下劣で浅ましい魔物共にいいように犯され、汚し穢されていく。
 男の子の目から涙が溢れ、か細く許しの言葉を口にしても、魔物共は下卑た笑みを浮かべて自身の汚い愛液を彼の体へ塗りつけ、輪姦を続けるばかり。
 いつ終わるかも分からない、この地獄のような時――少年は組み敷かれ、代わる代わる自身を犯し、嬲りものにする魔物共を下から見上げ、そして絶望の中で祈るのだ。

(助けて……おねえちゃん…助けて!)
「……っ」

 ――所詮、これはただの幻覚に過ぎない。もちろん、それはレミエルも自覚している。しかし、将来起こりうるかもしれぬという現実的な可能性、そして生々しさがあった。
 愛しい愛しい少年が薄汚い魔物共に嬲られ、犯されるという、見るに耐えぬその光景。例え妄想、幻覚といえどもそれが許せず、彼女の美しい顔は一気に怒りに満ちた険しいものとなる。

「お、おねえちゃん?」
「…うぅん、嫌な事を思い出しただけよ」

 師匠の顔が急に怒りに満ちたものへと変わったのを察し、怯えた少年が恐る恐る声をかけた事でレミエルは我に返り、元の美しく穏やかな顔で彼に微笑みかける。

(私も焼きが回ったわね)

 目を瞑り、自身の変化を自嘲するレミエル。かつて、誇り高きヴァルキリーたる己がそんな事で心を乱されるなど無かった。
 しかし、愛しいダイロが薄汚い魔物に穢されるなど、例え想像の中だけでも我慢ならない。最近は殊更にそう思うようになった。

「私はあなたが魔物に倒される事なんて想像したくないの。さっきのはそういう事よ?」
「おねえちゃん…」

 そう言って微笑むヴァルキリーに少年は目を潤ませて感激し、思慕の念をますます強くした。
 親代わり姉代わりにして恋い慕う彼女が自身を愛してくれる事は、この少年にとっては何よりも嬉しく、誇りに思える事であったのだ。

(ダイロ、私の可愛い坊や……あなたを魔物になんて穢させない、犯させない)

 しかし、まだ幼さの残る少年は気づいていなかった。

(いいえ、人間の女だってダメよ。あんな薄汚い欲望にまみれた不細工で浅ましい連中なんか、貴方には釣り合わない)

 愛おしそうに彼を見つめるレミエルの瞳が、初めて会った頃より濁っていた事に。

(でも安心して? 人間でも魔物でも、あなたに色目を使う愚か者がいたら……私がみ〜んな八つ裂きにしてあげる)

 ――彼に抱く愛が深く、暗く、歪み、そして狂気の入り混じったものであった事に。










「〜♪」

 その翌日、食糧と日用品の買い出しのために、ダイロは二人の家から一番近くにある街へとやって来ていた。
 読み書きに稽古の毎日であるが、それ故にたまには息抜きも必要だろうとレミエルは休みをくれる事がある。今日がまさにその日だった。
 ダイロは自身の村を離れて一年余り経つが、普段はレミエルと共に家にいる事がほとんどだった。確かに、常に一緒にいれば
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