――アイギアルム――
「さあ、敵さんのお出ましよ!」
リリムが呼びかけるまでもない。地面を掘り進む派手な音が段々とこちらに近づいてくるのに気づいた魔物娘達は、即座に臨戦態勢へと移る。
(………………)
一方、女ながらに勇ましい妻達とは対照的に、開いた窓から顔だけ出し、下の様子を恐る恐る覗き込むゼットン青年。
(まあ、いても役に立たねーのが分かってはいるが……男としては歯痒いぜ…)
もちろん、それは情けなく思う。妻達は表で敵と戦おうとしているのに、男である自分は怯えて家に隠れているのだから。
だが、妻達はそれを責めない。何故なら、この場で一番“素人”はゼットン青年だからである。
確かに彼の腕っ節は強い。五、六人に囲まれたとて、大した怪我も負わず返り討ちに出来るだけの力量はある。しかし、それはあくまでゴロツキ相手の街中の喧嘩であって、矢や鉛玉の飛び交う戦場での殺し合いにおいてではない。
確かに段々と神秘的な力を身に付けつつあるが、それでも所詮は素人の域を出ないのだ。
そんな輩が戦地に出るのは死にに行くようなもの。そのため夫が街の危機、ひいては妻達の身を案じて駆けつけてくれた事に彼女等は内心嬉しく思ったものの、それでも今は大人しく隠れてもらった方が良いと考えていた。
「気にするな、助太刀は不要だ。ああ言いはしたが、下手に出張ってお前に死なれても困るからな」
デュラハンのヘンリエッテは窓の方へ向き、無力さを恥じる夫へ気遣いの言葉をかける。
魔物娘達は先ほど一人だけサボろうとした夫へ痛烈な罵倒をしたが、あれは夫がボケて妻達がツッコむ変形型の夫婦漫才。ヘンリエッテ同様、皆実際には本心では夫の参戦を望んでいないのだ。
だが、戦力が増えぬ事に問題はない。魔物は美しい女へと変化したが、それでも依然“戦闘種族”のままだからだ。
どんなに大人しい種、平凡に暮らしてきた個体であろうと、訓練された兵士相手に自衛出来るだけの身体能力、戦闘能力は持っている。そして、それは愛する夫や子供達を守る時、最も発揮されるものなのだ。
「……無理すんなよ。人間だろうと魔物娘だろうと、血の繋がりがあろうと無かろうと、お前らが俺の家族である事には変わりねぇ。
親父とお袋の時もそうだったが、家族に目の前で死なれるのは悲しいからよ……」
剽軽な彼らしくない沈痛な面持ちで、窓から妻達に語りかけるゼットン。
「死なんよ、私は。というか、既に死んでいるしな」
「ご心配なく。私と貴方が行くのは冥府でなく、万魔殿(パンデモニウム)ですよ」
「子どもも産まずに死ぬのはイヤですから死にません」
「尻尾が九本になるまでは死ねないわ」
「今月のお給料まだ貰ってニャいから、まだ死んでたまるかニャ」
「リリムが死ぬわけないじゃなぁ〜い?」
そして、そんな夫を励ますかのように、振り返った妻達は皆一様にニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。
(あっ、死なねーなコリャ…)
そんな彼女等の様子に青年は安堵というか、どう殺しても死なないであろうという妙な確信を覚えた。そのため、沈痛な面持ちから一転し、複雑そうな表情へと変わる。
「武運を祈る!」
ともかく、そんな魔物娘達を見たゼットンは、最早自分の出る幕は無いと悟る。
最後にそれだけ言うと青年は頭を引っ込め、窓も閉めて部屋の奥に隠れたのである。
「さぁ〜て、ここからはビターでグロテスク、さらにはショッキングでバイオレンスな世界。
愛しい旦那様には刺激が強すぎるから、引っ込んでもらえて良かったわ」
ゼットンが引っ込んだのを見届けた妖狐の麗羅が不敵な笑みから一転、険しい表情で語る通り、敵は並ではない。
恐らくはこのアイギアルムの街を問題なく蹂躙出来るとエンペラ帝国が判断した千人余り。そして、その戦力の大部分を担うであろう、かつて魔物殺しで名を馳せた猛将達。こちらが如何に強壮な魔物娘達であろうと、決して甘く見れるような相手ではない。
「………………」
地面を掘り進む音は段々と大きくなっていき、敵の接近を告げる。ヘンリエッテはいつでも抜剣出来るよう、左腰に差した魔界鉄製のサーベルの柄に手をかける。
「いよいよね…」
やがて、掘削音は屋敷の門前で停止。それを感じ取ったガラテアが呟いた直後、屋敷の門前の土が盛り上がり――
『――――ガッモアァァァァァァァァッッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!』
――ついに“それ”が現れる。
『……おや? わざわざお出迎えとは恐れ入る』
庭土をほじくり返し、地中より土まみれになりながら飛び出してきた一人の男。
現れるなり周囲を見回し、既に魔物娘達に己の存在を察知されていたと知るも、その態度からして全く動じていない。
「「「「「………………」」」」」
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