卑劣なる宇宙恐竜 救世主と呼ばれし者

 ――ダークネスフィア――

 デルエラがエンペラ一世の放った光線に呑み込まれてより既に二十分以上が経過した。しかし、リリムは一向に戻って来る気配はなく、ただ時間ばかりが過ぎていく。

(……しばらく待ってやったが、戻って来る気配がない。しかし、奴の所まで向かうのも面倒だ)

 デルエラは墜落後、転移魔術でここよりも遥か遠くの地点に逃げ去っていたが、エンペラはそれをわざわざ追いかけるのは手間だと考え、放置していた。
 もっとも、何処にいるかは把握しており、怪我の程度もまた知り得ている。とはいえ、女を追いかけ回すというのも皇帝の沽券に関わるため、あくまで向こうから向かってくるのを待たなければならないのが難儀なところである。
 だが、あくまで追いかけ回すのが面倒というだけであって、あのリリムを見逃す気はない。口には出さなかったが、皇帝はデルエラの実力を高く評価しており、それ故に自ら仕留めるに足る獲物だとは考えていた。

(早くあの女が絶望に慄き、その美しい顔を苦痛で歪めるのを見たいというのにな)

 待たされつつも皇帝は愉しげではあった。なにせ、相手は女といえども魔物。人間の女ならば手加減の一つや二つしようが、相手が魔物ならば一切その必要はない。
 正直、皇帝はデルエラの容姿を『けばけばしくはあるが、美しい部類には入る』と思っており、だからこそいたぶる価値があるとも思っていた。死した姿は魔物といえども美しいであろうし、その過程を愉しむことも出来よう。
 白い肌をさらに蒼白とさせるのも良い。もしくは朱に染めるのも良い。
 美しい顔を苦痛と絶望で歪ませ、豊満で淫らな肢体を引き裂き、もしくは折り曲げるのも良い。
 そして最期に上げるであろう断末魔はさぞや痛々しくも艶めかしいものであろう。魔物とは生きる価値の無いゴミであるが、あのリリムの死にゆく様は例外的に鑑賞する価値のあるものに違いない。

『…ん? またお客人のようだな』

 そんな風に極めて悪趣味な妄想にふけっていたところへ、急速に接近する魔物の気配を皇帝は感知する。

(ほう…これはこれは…)

 強い。とてつもなく強い。それは皇帝の血塗られた生涯においても稀なほどで、デルエラに匹敵すると言っても過言ではない。
 ダークネスフィアへの侵入自体は先ほどの戦いの最中に既に感知してはいたが、彼女はデルエラを手助けするつもりは無かったようなので捨て置いていた。だが、デルエラも逃げ出した今、今度は自らがこのエンペラ一世に刃向かってくるつもりらしい。

『さて…』

 やがて、それはすぐにやって来た。恐ろしい速さで飛んできた女は皇帝のすぐ目の前で急停止すると、まっすぐにエンペラ一世を見据えたのだ。

『何者かは知らぬが、なかなか強そうだな』
「………………」

 皇帝が馴れ馴れしく声をかけるも、現れた女は黙るばかり。
 しかし、その橙色の瞳には目の前の男に対する明確な殺意が宿り、その全身からは憎悪とも怨念ともつかぬ、魔物娘らしからぬ負の念が溢れ出している。

『しかし、意外であるな。魔物娘にも、このように邪悪な念の持ち主がいるとは思わなんだ』

 現れた女の異常さを感じ取り、エンペラ一世は興味津々といった様子で呟く。
 皇帝は現代の魔物と戦うに当たり、メフィラスから魔物娘の大まかな知識を与えられている。それに照らし合わせると、目の前の女が『甲殻の色と材質が違うのを除けば』ドラゴンが変化した魔物娘であるというのはおおよそ判断出来た。
 だが、この女は皇帝が聞き及んだ一般的な魔物娘の印象からは大きく異なる。なにせ、この魔物娘からはおよそ人間に対する情愛や性欲など微塵も感じられず、ただただ禍々しさばかりが目立つからだ。もっとも、デルエラと同じく誰の目から見ても美女と言える部類には違いなく、それは皇帝も認めるところである。
 ちなみに彼女本来の見た目の特徴としては、全身を覆う鱗と甲殻は薄い桃色の水晶を思わせる物質に置き換えられており、本来は緑色であるはずの一般的な個体と全く異なる。
 しかし、それが生まれついてのものなのか、はたまた彼女より発せられる負の念を反映によるものなのかは分からない。

「……普段の私はこうではない。エンペラ一世……貴様が相手故、これほどの怒りと殺意が滾るのだ…!」

 ドラゴンの告げるところによると、エンペラ一世に対して何か尋常でない恨みがある模様である。だが、皇帝は特に原因が思い浮かばず、困惑した様子で首を傾げたのだった。

『余は恨みを買い過ぎているのでな。思い当たることが多過ぎて分からぬ』

 かつて世界の七割を支配した大帝国の支配者。当然、そこまでの道のりが安穏としたものであるはずもなく、起きた戦は大小合わせれば数百余り、その度に人だろうと魔物だろうと大勢が死んだ。
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