――アイギアルム・クレア宅――
「……」
寝室の窓よりゼットン青年は外を覗くが、天気はあいにくの大雨。普段やるはずの鍛錬も今日はやらずに、ぼんやりと過ごしている。
(クレアは無事かな…)
クレアが出立してより数日経つが、未だその動向は伝わってこない。ディーヴァたる彼女に心配は不要――と言いたいところだが、やはり心配にはなる。
彼は日頃の鍛錬は欠かさぬタチで、晴れならば屋外、雨ならば屋内で運動を行う。しかし妻の身を案じる今、そんな気分で鍛錬をしたところで身が入らないであろうと思ってやっていない。
(行方は気になるが……俺に出来ることは待つだけだ)
残念ながら、ゼットン青年の戦闘の実力はクレアに遠く及ばぬ以上、連れて行っても足手まといになるだけ。それは悔しいが事実であり、さらには夫の身に危険を及ばせぬための妻の配慮を無駄にしたくなかったゼットンは、潔くこの街に残っていた。
しかし二人の同棲より七年、離れ離れになるのは今回が初めてとなる。それが彼の心を乱し、どこか大きな喪失感をもたらしていた。
「ま…こういう日も悪くないか……」
クレアの事は気になるが、今の自分ではここに残る以外選択肢はない。だが、考えてみれば彼女は魔王軍の精鋭たる“ディーヴァ”の称号を持つ女である。己如きが心配するのがそもそもおこがましい事かもしれない。
考えを巡らせていたゼットンだが、やがてそう結論づけると、今日は何もせず過ごそうと思い、椅子に座ってくつろいでいたのだった。
「…だ〜れだ?」
普段のやかましい姿から一変、死んだように静かな夫。しかし、その生気の無さが気に入らないのか、ちょっかいを出す者がいた。
彼女は夫を刺激するべく、そのたわわに実った二つの果実でゼットンの頭を挟み込み、そのまま埋めたのである。
「…ミレーユ」
「ピンポ〜ン♪ でも、なんで分かった?」
「大きさと柔らかさだけじゃなくて、程良い弾力のあるおっぱい」
『声で分かった』は無粋だとゼットンは考えた故、背後のオーガの乳房の質を答えとした。
「なんだ〜、バレバレじゃ〜ん」
ミレーユは嬉しそうに微笑むと、夫の頭から乳房を離す。
「何か用?」
気怠そうに振り返って尋ねるゼットン。いつもと違い、熟れた魔物娘を見ても全くの無反応である。
「何ふてくされてんだよ」
そんな夫の様子に腹立たしさを覚えるミレーユの顔から笑みが消える。
何故自分のような極上の魔物娘が目の前にいるのにもかかわらず、欲情しないのか。笑みの消えた顔からは代わりに、『やる事が無いならば、妻と交わるのが一番だろう』という不満が表に出ている。
「いや何…クレアと離れるのは初めてのせいか、どうしても心配でな」
何を考えているかはこのオーガに大方ばれているだろう。故にゼットンは隠しても無駄だと思い、ミレーユへ素直に心中を吐露する。
「ハッ、心配いらない。アイツは長いよ」
彼の心配を杞憂だと言わんばかりに、ミレーユは鼻で笑う。
「……まぁ、普段はそう思ってるけどさ」
うるさい羽音を立てて飛び回り、口を開けばやかましく、食事の際はその短躯に見合わぬほど食いまくり、性交では十回中出しされてもまだ求める。加えていびきはうるさい、気まぐれで我儘、腕っぷしが強く暴力的という有り様で、途轍もなく好き勝手に生きている。
そんな女が戦場でいきなり死ぬと思えないのは、夫であるゼットンも同意せざるをえない事である。どれだけ贔屓目に見ても、あの女の寿命は桁外れに長いとしか思えないのだ。
「……相手が相手だからな」
しかし、相手は悪名高き『エンペラ帝国』。この悪党どもが例えディーヴァであるクレアでも一筋縄ではいかないことは、彼等に一時期操られていたゼットン自身がよく分かっている。
彼等は当時の魔王軍と相討ちになってより五百年余り、その再起を志して歴史の闇に隠れ続けてきた。そして、長年の努力が実を結び、主たるエンペラ一世が復活。復讐の時が来たとばかりに、彼等はついに表舞台に現れ、魔に侵されつつあるこの世界に戦いを挑んだ。
手始めに教団圏最強国たるフリドニアを一週間ばかりで征服、返す刃で追討に来た教団圏連合軍をあっさり叩き潰し、今はもう眼中にないという有り様。しかし、彼等の復讐の炎はそれで収まるはずもない。一連の戦で準備体操は済んだとばかりに次は世界中の魔族領に侵攻、破壊と殺戮の嵐を巻き起こした。
従来の人間の常識を超える桁外れの実力を誇るエンペラ帝国軍の前に、不意を打たれたとはいえ各地の魔物娘は大いに苦戦を強いられている。
「…まぁ、その気持ちは分かるけどさ」
夫の不安になる気持ちはミレーユも首肯せざるを得ない。彼女もまた帝国残党と戦ったが故に、連中の強さは身をもっ
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