――ダークネスフィア――
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
カーミラの気合と共に、彼女の頭上20mほどへ無数の魔力弾が展開される。
「【ブラッディ・ハリー】!!」
“血のハリー彗星”の名を冠する通り、それらは鮮血のように赤い氷柱を思わせる。そしてヴァンパイアが処刑宣告の如く右手を振り下ろすと、魔力弾が唸りをあげて皇帝に襲いかかったのである。
『……』
皇帝は降り注ぐ魔力弾を無言で眺めていたが、やがて思い出したかのように左手を上に向ける。
「ッ!?――うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
次の瞬間、魔力弾は凄まじい衝撃によって薙ぎ払われ、その余波を受けたカーミラも大きく吹っ飛んだ。
「――――――――ギッ、くぅァァァァァァッッ!!!!」
大きく縦回転しながら空を舞うカーミラだが、50mほど吹っ飛ばされたところで、どうにか自慢の両翼と全身からの魔力噴射を全開にすることで踏み留まる。
「お、おのれっ!」
遠く離れたエンペラ一世に向き直るとカーミラは目を見開き、改めて敵愾心を剥き出しにする。しかし、予想だにしない展開の発生によってそれ以上に動転もしており、自分の身に一体何が起きたのかを把握しかねていた。
『………………』
皇帝は微かに笑みを浮かべると、遠方のカーミラへ向けて右手人差し指をクイクイと曲げる。それはあたかも『それで終わりか?』と、このヴァンパイアを挑発するかのようだった。
「……ッ!」
ヴァンパイアはそのプライドの高さもあり、挑発や侮辱の類には滅法敏感である。当然カーミラもその例に漏れず、皇帝の指の動きを見て即座に激情する。
『ふむ、場所を変えたのは正解だったが……あまり愉しめそうにないな』
一方、皇帝は退屈していた。フリドニア征服後、初めて城までやって来た敵故に自ら相手しようと決めたのだが、肝心の敵の歯応えがあまりないからだ。
「ハァッ!」
『ん?』
考えを巡らせているせいか、皇帝は隙だらけであった。そしてその意識の間隙を突き、カーミラはその巨大な翼を羽ばたかせ、空より姿を消す。
『消えた…』
皇帝はぼんやりと呟きつつも、後方下段より繰り出された右回し蹴りを、振り返ることもなく受け止める。
「! またしても!?」
ヴァンパイアの持つ高い飛行能力を用いて、初めて可能となる超速移動。しかし、それを利用した防御不能の攻撃を、事も無げに防がれたことにカーミラは驚きの声をあげてしまう。
『おぉ、危ない危ない』
皇帝が僅かに驚いた様子でそう言いつつも、掴んで受け止めた右手の動作はあまりにも自然で軽やか、素早くも無駄がない。
(何故こうも反応が早い!?)
『不思議か?』
「!」
今考えていることを読んだかのように皇帝はカーミラに語りかけると、右手を彼女の右脚から放す。そして、それを不気味に感じたカーミラは後ろに跳んで間合いをあける。
『魔物を上回る余の身体能力と各種の技能があってこそ初めて可能になることではあるが……まぁ言うなれば、貴様の攻撃は“分かりやすい”のだ』
「何だと…?」
カーミラは警戒態勢を崩さずも、皇帝の言葉に耳を傾けていた。しかし、いまいち内容には合点がいかぬらしく、凛々しくも美しい顔を怪訝そうに曇らせている。
『興奮しているせいで殺気も魔力も体より溢れている故、その軌跡を追うことは容易い。仮にそれらの気配を追わずとも、あのように姿を消した者は自身が攻撃をくらいにくく、かつ敵の死角となる後方か上方に現れるのが貴様等の定石。
移動する場所がある程度予測でき、加えて気配を追っているなら攻撃の位置は間違えようがない。後はそこからの攻撃を防げばよいだけよ』
「…成程」
説明に納得はしたが、代わりに浮かんだのは自身の迂闊さ。それを受け止めるにヴァンパイアという生き物は些か高慢過ぎたのか、カーミラは非常に悔しそうな表情を浮かべる。
『自身が未熟なのを気に病むことはない』
「!」
『貴様が未熟な新兵であろうと、戦慣れした将であろうと、余と対峙した以上は“死”あるのみ。余から講義を受けようと、貴様がそれを活かせることは最早無いのだからな』
不憫になって慰めたのかと思いきや、皇帝は改めて死刑宣告を下してきただけだった。だが不可解なことに、カーミラは余計悔しがるどころか、むしろ笑みさえ浮かべたのである。
「…フン、そうか。ならば、私からも一つ言っておこう」
『ほう、何かな?』
「ヴァンパイアもアンデッドの端くれだ。既に“死んでいる”私を“殺せる”のか?」
『…ぬっはっはっ! これは一本とられた!』
不敵な笑みを浮かべたカーミラに思わぬ切り返しを受け、エンペラ一世は右手で額を叩き、おかしそうに笑い出す。殺伐とした命のやりとりを行なっておきながら、このよ
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