――アイギアルム郊外・卑猥の森――
ただ今の時間は午前十時ほど。しかし、朝日の差す美しい森には不似合いな剣戟が、とある男女の間で繰り広げられている。
「うおおおお!」
男の見た目は短く切り揃えられた黒髪に黒目、そして大柄で筋肉質。服装は所々に金の刺繍が入った黒い拳法着、同じく黒のカンフーシューズというもの。
ただ、比較的簡素な服装に反し、得物だけはその体格を反映してか、幅広の朴刀という重武装である。
「フン…」
一方、女は人間離れした端正な容貌で、ほんのり桃色がかった白い肌に、肩まで届く銀髪のストレートヘアと真紅の瞳がそれに拍車をかけている。
だが、女はその美貌には似つかわしくない目玉を所々にあしらった不気味な鎧を着こみ、それと比べれば小ぶりなロングソードで青年の打ち込みをいなしていた。
「甘い!」
女はかなりの剣の腕前で、青年が次々に打ち込む剣撃を次々に捌いていく。やがて彼が上段より振り下ろした朴刀を、僅かに遅れて振り下ろしたロングソードで峰を叩いて打ち落とし、返す刀で青年の首を狙った。
「せりゃっ!」
「おっ!?」
しかし、青年はよろけながらも反射神経と動体視力でこれを潜り、身体を捻りつつ剣撃を返す。
躱されたことに女は一瞬驚くが、右逆手に持った剣で難無く防ぐ。それと同時に右腰から左手で抜いた短刀を青年の眼前に突きつけ、その行動を制す。
「うっ!」
反撃はしたものの、そのまま体勢を崩して倒れていた青年に突きつけられた刃を防ぐ術は無い。
「……」
「ま、参った…!」
彼は負けを認めざるをえず、両手を上げた。
「か〜っ、畜生! まだ勝てねぇか!」
「……」
悔しがる青年。一方、無表情の女は黙って長剣と短刀をそれぞれ鞘に収めると、地面へ座り込む男を見下ろす。
「…そうでもない。ゼットンよ、案外お前が私に勝つのは……そう遠くないかもな」
ゼットン青年が戦っていたのは、デュラハンのヘンリエッテである。彼女は暇な時、彼に剣の稽古をつけてくれるのだが、そこは戦闘に長けたデュラハン故か、ゼットンは一度も彼女に勝てた事は無い。
せめて首が外れれば勝てるのだが、そうなった時も結局彼が下に組み敷かれてしまうだろう。
「へっ。慰めでも、そう言われりゃあ嬉しいよ」
目を細めるデュラハンだが、それを皮肉と受け取ったのか、青年は残念そうにため息をつく。
「そう邪推するな。私は本当にそう思ったのだよ」
そう思われるのは心外だったらしい。デュラハンは困ったとばかりに目を細める。
「ただ…」
「ただ…何だ?」
言い澱むデュラハンに青年はわけを尋ねる。
「昔よりマシになったとはいえ、今日のお前の太刀筋には何か乱れがあるな。何かあったのか?」
稽古時の仏頂面が嘘のように、心配そうな顔で尋ねるヘンリエッテ。腕があると、そういった事も分かってしまうらしい。
「あるなら話してみろ。力になれるかもしれんぞ?」
魔物娘は、夫が困っている時には絶対に手を差し伸べる。そして、それはこのデュラハンも例外ではない。
「いや、まぁ…あるにはあるが」
「もしや、クレアとアイギアルムの件を引きずっているのか?」
「……そうだ」
そう語ると頭を掻き、浮かない表情となるゼットン。確かに妻を危うく殺しかけ、街も彼の行動が遠因で凍りついたとなれば、気にする気持ちも分かる気はする。
一応住人達と和解したとはいうが、内容が内容だけに彼の中では未だに引きずっているのだろう。
「なるほど。責任を感じているというわけだな」
ヘンリエッテは何故か感心した様子で何度も頷き、それを訝しんだゼットン青年は渋い顔で見やる。
「…褒めるところじゃねぇだろ」
「綺麗さっぱり忘れているよりはいい」
このデュラハンとしては、あれだけの事をしでかしておいて夫がそれを忘れていたら、怒って張り倒していたところだ。
しかし、彼なりに責任は感じているならば、制裁を加える必要がひとまずは無くなる。
「一生引きずれとは言わんが、己がやった事は心の片隅には常に留めておけ。これを戒めとし、今後軽率な振る舞いを慎めば、再び悲劇は起きぬだろう」
「…ご忠告、痛み入る」
ゼットンはヘンリエッテの言葉に感謝し、座ったままながらも頭を下げる。どうやら、彼女の言葉を聞いたおかげで少しは気が晴れたようである。
「少しは気が晴れたか?」
「あぁ、ありがとうよ。確かに楽になった気はする」
心の晴れた夫が笑顔を見せた事で、ヘンリエッテもようやく安堵する事が出来た。
「ならば、刃の迷いも消えただろう」
「そうだな」
座っていた青年は立ち上がると、ズボンの誇りを払う。そして姿勢を正したゼットンの顔からは笑みが消え、神妙なものとなる。
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