敗北の宇宙恐竜 復讐の狼煙

 ――浮遊島王城二階・宰相執務室――

『懐かしい光景に心躍るあまり、周りが見えなくなっていましたねぇ。あのような輩の前で、無闇に隙をさらすものじゃありませんでしたね』

 特殊重金属で出来た分厚い板を何枚も重ねて造られた重厚な壁、魔導書が隙間無く並べられた本棚が三つ、何に用いるのか不明な【魔術工芸品(アーティファクト)】が多数置かれているという奇怪な部屋。そして、そこの豪勢な椅子に腰掛けながら、執務机の上に載せられた水晶球を用いて下界の様子を探っているのは、なんと殺されたはずの七戮将筆頭、メフィラスだった。
 彼の纏う漆黒のローブは生身の全てを覆い、何もかも隠し通しているように見える。もし似たような体格の人物が着れば、それこそいくらでも誤魔化せそうに思えるが、隙間無く覆い隠していて尚漏れ出る異様さが、このローブの人物を本人だと断定させる。
 その耳障りな低い声、おぞましくも冷笑的な雰囲気、そして全身から発せられる邪悪な波動は如何ともし難く、見る者全てに彼が人外の者であると解らせるだろう。
 そして、その正体がかつて存在したエンペラ帝国の宰相にして帝国七戮将筆頭、即ち当時の世界No.2だと知った時、彼と対面した者は改めて納得するに違いない。

『…さて、どうしますかね。グローザムの修理はまだ終わっていませんし、ヤプールもそれにかかりっきり。また“端末”を送り込むのは容易いが……』

 悩ましげに呟き、しばし考えこむメフィラス。それにしても、ゼットンに殺されたはずの彼が何故生きているのだろうか?――その答えは至極単純であり、またひどく面白みが無いものだ。
 そもそも、メフィラスはアイギアルム襲撃時からこの部屋を動いていない。早い話が、街へ赴いて指揮をとり、そしてゼットンに殺されたメフィラスは偽物なのだ。
 この邪悪な魔術師にとって、己と寸分違わぬ分身を作り上げ、望むままに操作する事など造作も無い。そして作り上げた分身を偽物と見抜く事が出来るのは彼本人と面識があり、且つ魔力の質を覚えている者だけである。

『今は彼の邪魔をしたくはありませんねぇ』

 そのように分身としては精度が高いものの、所詮は偽物。意識は本体から転送している故に動作も魔術の技量も完全に再現されているが、魔力量だけは本体に遠く及ばない。
 もっとも、結局魔術を使う間も無く分身が破壊されてしまった。その原因は単純なもので、ただ単に彼の驕りと慢心から来る油断であり、彼の技量の高さと経歴からすれば、あまりにもお粗末と言えるものだ。
 確かに分身の存在で生命の危機に陥らないという利点が得られただろう。しかし、それが結果として軽率さを増し、偽物とはいえ己の死を招いてしまった。
 だが、己の分身を破壊される事で本体まで意識を引き戻され、ようやく魔術師は己の慢心と失敗を悟る。
 そして冷静さと慎重さを取り戻し、失敗を恥じつつも怯まずに代替案を練る事にしたのだ。

『なにせ、妻との勝負に勝ちたいという彼の悲願が成就するかという瀬戸際……そこに私の出る幕などありますまい。しばし介入は見送りましょうか』

 考えた末、メフィラスはすぐには介入せず、しばらくは傍観に徹する事にした。三人とも浮遊島に引っ込んだ上、暗黒の鎧が大暴れしている今、危険な戦場に即座に戻る必要も無いと考えたのだ。
 したがって、暗黒の鎧及びその宿主であるゼットン青年を回収するのは経過を見てからである。

『…とはいえ、鎧は我々の所有物である以上、結末を見届ける位の事はさせていただきますがね』

 ちなみに鎧を“貸している”という事情から、メフィラスは夫の方に肩入れしていた。また、それ以上に己が丹念に作り上げた“作品”である故、彼なりにゼットンには思い入れがある。
 だからこそ、彼の悲願を叶えてやるぐらいの事はしてやろうと思ったのだ。しかし、ゼットンとメフィラスでは闘争と勝利に対する考え方が異なっていた。
 ゼットンは血の気の多い性格ではあるが、所詮は武術の使える喧嘩屋でしかなく、闘いで命のやり取りをするまでの度胸は無い。
 クレアとの闘いもあくまで『試合』であり、『定められたルールの下に立ち会い、相手を戦闘不能にする事で勝利となる』という競技やスポーツ的な性格のものである。何より、二人は夫婦なので殺し合いになるのは元々両人とも望んではいない。
 一方のメフィラスは死線を潜り抜けてきた将軍らしく、『闘争とは全てを賭けた、ルール無用の殺し合い。相手の息の根を止めて初めて勝利と言える』という考えの持ち主だった。
 つまり、この魔術師にとってゼットンの勝利とは、クレアの死によって初めて成立しうるものなのだ。例え二人が夫婦であり、愛し合っていようと、そんな事情は彼の知った事ではない。
 むしろ男を誑かす魔物が夫の手によって
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