沈黙する宇宙恐竜 冷徹なる蝿姫

 クレアはデスレムを放り出した後、少し離れた場所で闘っていたグローザムを発見、急降下して襲いかかっていた。

『おのれ蝿がァァァァッッ!! ちょこまか動き回りやがってぇぇぇぇッッ!!』

 ミレーユはグローザムの持つMBSの脅威を感じ取り、無闇に隙をさらすような真似はせず、逃走に徹していた。
 一方、グローザムは彼女を殺す事は十分可能であったが正攻法では難しく、かといって容易く街一つ凍らせる冷気を、下等生物一匹に使うのは割に合わな過ぎた。
 しかし街の構造を熟知する彼女はそれを利用して逃げ回り、それを追いかけ回さなければならないグローザムの苛立ちは並ではない。
 そしていきなり鬱陶しい羽音を立てる蝿女が乱入、そのせいで結局オーガを取り逃してしまったのだから、激昂するのも無理はない。

『死ねぇぇッッ!!』
「アンタがね」

 二刀流の斬撃を躱され続けるのに業を煮やしたグローザムは、口から猛烈な冷気を吐き出したが、案の定容易く躱されて後ろに回りこまれた。
 すぐさま振り返って右の光刃で薙ぐが、素早い斬撃もクレアにとっては遅いに等しいので下に飛んで躱され、そのまま強烈な左アッパーを顎に叩きこまれる。

『グゥッ!』
「しゃあ!」

 そのままアリキックを食らって体勢を崩されたところで、続けてトンボをきりながらのカンガルーキックを受けてグローザムは吹っ飛んだ。
 そして飛んだ先に素早く回りこんだクレアは、グローザムの胸部目がけて駄目押しのダブルアックスハンドルをぶちこみ、地面に叩きつけると、即座に離れて間合いをあける。

「アンタはゼットンの肩を焼きえぐって、その後に苦しむゼットンを笑いながら凍らせたよね? 私はあの時のゼットンの声が忘れられないんだよ。
 結局お前等の居場所が分からなかったから、ゼットンを探しようがなかった。でも、生きてるって信じて待ち続けた。私の旦那様だもん、そう簡単に死ぬはずがない…ってね。
 で、ゼットンは死んでなかった。変わり果ててたけど、帰ってきてくれて本当に嬉しかったんだ……」

 そう悲しげに呟いたクレアはグローザムを睨みつけると、両拳を握り締めた。

「でも、ゼットンは私を見るなり、殺そうと襲いかかってきた。今までの勝負は純粋な腕比べで、殺し合いじゃないんだ。
 そりゃそうだよね。魔物娘が夫を殺したいはずがないし、旦那様も私を愛してくれてるもん。でも、勝負はいつの間にか殺し合いに変わってた……」

 ゼットンが自分と闘い、勝利する事を人生の目標としていたのを彼女は知っていた。だが、その目標は到底実現不可能なものであり、それについて彼が悩んでいた事もまた知っていた。
 そして、焦った彼は危険な手段に手を出してしまい、悲劇に繋がった。舞い戻った夫は操られて変わり果て、妻であり越えられない壁である自分に負の感情を爆発させ、襲いかかってきた。
 クレアにとって夫と闘い、腕を競い合うのは望むところであるが、お互いの怒り憎しみをぶつけ合うような殺し合いをしたいわけではない。

「ゼットンはね、ああ見えて優しいんだ。私に勝ちたいって思ってるのに、私の体を傷つけたくないって悩んでるの。
 私はディーヴァだよ? 魔物娘の中でもメチャクチャ強いのに、そんな奴相手に出来るだけ無傷で勝利する方法を探してるの。
 あんな鎧を使おうとしてたのも、私の動きは超速いから、私の避けられないような攻撃を使えるようになりたかったみたい。
 無傷は無理だけど、一発で失神させられれば、私を出来るだけ傷つけずに済むからね…」
『…おぞましい糞蝿の魔物に愛情を感じていたとはな! あの男の愚かさには改めて反吐が出る!』

 クレアにとっては夫の気遣いが非常に嬉しいものであったが、グローザムにとってはあまりにもくだらないものであった。
 元はおぞましい蝿の魔物であったクレアにゼットンが愛情を感じる事は、彼の常識からすれば到底信じ難いものなのだろう。

「確かに愚かだよ、あんな物に手を出すような男だからね。でも、私は責めようと思わない。
 だって、今の状況はゼットンが鎧に操られたせいで起きてるんじゃなくて、アンタ達が起こしてるんだもん。ゼットンは私に襲いかかってきたけど、そう指示を下してるのはアンタ達でしょ?」
『………………』
「さっき闘ってみて解った。ゼットンは鎧の力に蝕まれているけど、アイツを操っているのは鎧じゃない…」
『ほう、気づいたか…』

 反吐が出る話を聞かされて立腹していたグローザムだが、秘密をクレアに看破された途端、今度は笑いを漏らしたのだった。

『今のあの小僧は僅かに鎧の力が使えているだけの木偶人形にすぎん。意思の方は我々でコントロールしているから、鎧の力は馴染んでいても、ほとんど発揮出来ていない。それでも、そちらの方が都合は
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