第03話 黄金の少女

陽が傾いてきた。
そろそろ今夜の宿を考えたいけど、そもそも僕には店の見分け方すらよくわからない。
リエルに相談してみる……しかない自分が情けない。
「司さえよければ、私の家を拠点にしない?」
流石にそこまでお世話になるのはどうかと思ったけど……結局は厚意に甘えるしかなかった。
村外れにまでやって来る。リエルは昼下がりに自分が消えた空間を指して言った。
「あの場所に入口を作ったわ」
指差した方向にそのまま歩き、空間そのものに飲み込まれるように――消えた!
リエルが消えた場所に行き、意を決して一歩踏み出す――と、目の前にリエルが現れる。
昼にリエルが消えたと思ったのは、空間に隠れるための魔法をかけたためだったようだ。
「これよ」
リエルの隣に僕たちより縦も横も長い、楕円形をした光のようなものがあった。
うわー、としか感想が浮かばない。本当に瞬間移動する魔法で家に行き来していたのか……



リエルの家は、岩をくり抜いたような構造になっていた。
出た先はダイニングルームのようで、食事用のテーブルや調理器具が並んでいる。
と思った瞬間、後ろの光源が消えた。僕は振り向く。

入口が消えていた。

リエルはこちらに背を向け、入口のあった場所には何も存在しない。
僕にはなぜか、魔法の効果が切れたとかではなく、リエルが入口を消したように見えた。
「あの、明日だけど、村に戻る場合はどうしたら……」
「戻る必要はないわ」
リエルは僕に背を向けている。
「リエル?」
そのまま、こちらに振り向こうとはしない。
沈黙が流れる。
「ねえ、司。『沼地のリリム』と戦う気、ある?」
ためらいながら、リエルは小さな声で尋ねてきた。
「今日運んだ木箱って、『沼地のリリム』が送らせているんだよね?」
「……そうね」
少し間があった。
「リエルは、魔物娘と人間が共存している国から来たんだよね?」
「そうね」
今度は即答。
「だったら、『沼地のリリム』とは戦えない。僕が弱いとかリリムが強いとか以前の話で」
結論は出た。相手はリエルだ。正直な気持ちをぶつける。
「ああいう村が犠牲になるし、共存している例があるなら対話の可能な相手だと思うよ」
「『沼地のリリム』より時間はかかるけど、おそらく貴方の能力で村は救えるわよ?」
「城主以外にメリットがないよ。甘やかしたら政治が余計に悪くなるのは、僕でもわかる」
「『沼地のリリム』と戦う気は、ないのね?」
今度はリエルが悩む番なのか? 僕の目にはそう見えた。
「わかったわ」
リエルも、決心をつけたようだ。何かに。
「司。外、見てみて」
促されるまま、岩をくりぬいてガラスをはめた造りの窓に向かう。
相当な距離を移動したのだろう、外は夜になっており、すっかり暗くなっている。
少しすると闇に目が慣れてきた。地面であるはずの部分に、沼が広がっていた。

――沼?

「ここが、勇者様の目的地だった場所よ」
その言葉の意味を理解する前に、既に手足は震え始めていた。
吹雪く雪原に放り出されたかのように、言うことを聞いてくれない。
振り向いて、出口を素早く探して、全力で走って……

無理だ。わかってる。

「……ここで貴方は終わりよ」
僕の震えを止めたのは、背中から腕を回して抱き締めてくる、女の子の感触だった。
「私が『沼地のリリム』だから」
何かの力で、リエルの髪が舞い上がる。
僕の視界の隅に入ってきたそれは金色ではなく、さらに輝きを増したプラチナのものだった。
「……っ!」
背後のリエルの気配は、僕のような素人でもわかるくらい、巨大なものになっている。
『沼地のリリム』はサキュバスであることを思い出し、感触に流されまいとした。
「見逃して、ください……」
だけど、僕が実際にできたことは、リリムではないリエルの慈悲にすがることだけだった。
「ごめんなさい。もう、諦めて」
抱き締める手に、さらに力が入った。



僕が抵抗を諦めると巨大な気配は収まり、リエルの髪は金色に戻っていた。
「まあ、座って楽にしててよ。ここは沼地の真ん中。もう、どうにもならないんだから」
『沼地のリリム』は、デミグラスシチューらしきものを鍋で温め直している。
これは多分、僕の最後の晩餐になるんだと思う。
「昨日作って寝かせておいたのよ。昼と夜食べようと思ってたんだけど……」
キャンプで昼食を貰ったから、二人分残っているんだろう。
「親魔物国家だと、パンのオーブンは自由に家に置いていいのよ」
本で読んだことがある。粉挽きやパン焼きは貴族の収入源で、
普通の人はそういうことが可能な道具を持ってはいけなかったりするんだ。
やっぱり、魔王軍は国力――いや、文明のレベルそのものが高いんだろう。

こんな状況なのに、焼きたてのパンと一晩寝かせたシチューは、最高の味だった。
「会った時か
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