なぜか食事の前後で木箱運びの負担が全然違う。身体の中から力が湧き出るみたいだ。
あのサンドイッチは『清浄な食料品』なのだから、問題はないと思うんだけど……
いや、余裕が生まれるのはいいことだ。歩きながらリエルに教えを乞おう。
聞きたいこと、学びたいことはたくさんあるけど、とりあえずリリムについて聞いてみる。
「リリム、というのは、サキュバスのお姫様ね」
リエルは水晶の鈴を転がすような声で、快く答えてくれる。
サキュバスは、やっぱりエロいゲームとかに出る『あの』サキュバスなのだろうか。
リエルと一緒の時に出られたら困る――けど、勇者様するなら絶対にぶつかるんだよね。
「……お姫様?」
「うん。魔王のお腹から産まれた、特にオスを魅了する淫らなサキュバスたちのことよ」
ん? ちょっと引っかかる表現があったので聞いてみる。
「魔王のお腹って、まるで魔王ってお母さんみたいだけど……?」
「その通り。今の魔王は女なのよ」
女で魔王って凄いなぁ……と思いつつ、もしかして。
「――まさか、魔王もサキュバスなの?」
「ご名答!」
ふむふむ。
「話をリリムに戻したい――のだけど、ちょっとこの世界自体の説明になっちゃうわね。
彼女はおそらく、元の世界にある王魔界の宮殿から、最近外へ出た個体だと思うわ」
「『元の世界』と『王魔界』、わからないんでお願いします」
話がどんどん大きく――いや、当たり前なのか。国が滅びるかどうか、という話なんだから。
「ここは別の大きい世界に従属した、小さい世界――異界でしかないのよ。
王魔界は、その『大きな世界』にある魔物娘たちの首都ね」
『大きな世界』とか異界などはともかく、この世界の状況は少しずつわかってきた。
「ところで貴方は、『沼地のリリム』を退治した後、彼女をどうするつもりなの?」
そこで、リエルはいたずらっぽい目になり、話題の風向きが変わった。
「ど、どうするって、どういう、こと?」
何を言いたいんだろうか……?
「サキュバスのお姫様なのよ? イケナイこととかしたら、きっと凄く気持ちいいわよ?」
危うく吹き出すところだった! イケナイことって!
「興味ない? 『あなたの奴隷になりますので、命ばかりはお許しを……』
とか言われたらどうする? 奴隷に貰っちゃう?」
ど、奴隷……
両手の指を絡め祈るように実演するせいで、
露出の多い服を着たリエルが命乞いをする姿が浮かんできてしまった。
リエルより美人って想像できないし、もし本人に言われたら貰ってしまうかもしれない……
その時、僕の知性に『何か』が引っかかった。
……ん? 言い方はどうかと思うけど、リエルの意見はもっともだ。
サキュバスなのだから、そういうハニートラップめいた攻撃は、得意中の得意科目のはずだ。
「私の住んでいた国では、そこそこ普通のことだったわよ?」
流石、人間に敵対的な国…… だけど、リエルの発言におかしな点はない。多分。
「よく考えてみると、どういう人――サキュバスかわからないんですよね」
「……まさか、世を儚んで最期にリリムと――なんて考えてないわよね?」
異世界に放り込まれたせいで、ヤケになってると思っているのだろうか。
「大丈夫! サキュバスだって、リエルより美人な人なんて存在しないよ!」
その瞬間、リエルの表情が凍り付いた。
ただびっくりしただけではなく、その表情には今まで見たことのない感情――怯えが見える。
ちょっと上から目線な余裕を今まで崩さなかったリエルが、僕に対して怯えている……
その事実に、自分がとんでもないことを言っているのに気付いて、顔を赤くしてしまう。
「ご、ごめんなさい! そういう意味じゃないから! 乱暴なことはしないから!」
リエルも女の子なんだから怯えて当然だよ! 僕のバカ!
「私こそ、ごめんなさい。司のこと、ちょっと軽く見てた。そうよね。勇者様なのよね」
なんか誤解されてる! 泣きたい……
「ねえ、司。少しの間でいいから止まってくれないかな」
リエルに言われ、木箱を引く手を止める。
「ちょっと動かないでね」
そう言って僕の前に来ると頭の左右を軽く押さえ、リエル自身の顔に僕の顔を近付けた。
目と目を合わせたまま、お互いの顔が触れるか触れないか、という位置まで。
今まで嗅いだことのない、おそらくこの世界独特の果実の匂い。
人を虜にして離さない香りが、僕の鼻をくすぐる。
まさか、キス……? とバカバカしいくらいに自分に都合のいい考えが頭に浮かぶ。
「【姫は成す術無く囚われ、その美しさは征服者を虜とする】」
……それだけで終わった。
何をしたかったのかよくわからないが事は済んだらしく、リエルは顔を離す。
「――これでいいかな?」
再び歩き始める。本当に何をしたかったのだろうか?
でもリエルの顔を思い出したら―
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