僕は一目散に逃げ出した。
あんなのと、百均の包丁以下の武器――
いや、スゴい力を秘めた魔法の剣を手にしていたとしても、挑戦は非現実的で無謀に思える。
なぜなら、向き合った『魔物』は、ゲームのような恐ろしい姿形をしていなかったからだ。
その可愛らしい姿をしたスライムのような魔物に対して、僕の全ての常識は、
「恐ろしい、ただの女の子」という結論を出し――冒頭の決断へと繋がった。
今までの人生で見たことのない、広く明るい草原と深く暗い森。
アスファルトどころか砂利の道すらないそれらを抜けた先にあるという小さな村。
そして、この世界を支配しようという、
『沼地の島の岩山に棲む、リリムという極めて強力なサキュバス』まで、
道は遥かに遠かった。
青いスライムの女の子を振り切り、旅のスタート地点まで逃げ帰った僕は、
城門近くの木陰で体を休めていた。
「ねえ、そこの貴方?」
女の子の声! を聞いただけで震え上がり、振り返る。
そして声の少女をみた僕は、その姿に一瞬で目を奪われてしまった。
長く伸ばして一部を左右でおさげにした金色の髪は、妖精かと思ってしまうほど艶やかで、
僕を覗く赤い瞳は、意志の強さが燃え上がってルビーとなったかのような輝きを放っていた。
フリルやリボンをふんだんにあしらった白いワンピースは清楚かつ上品なデザインで、
華やかさをよい意味で抑えて、彼女の少女としての魅力を引き立てている。
その少女は、気恥ずかしくて女の子の顔を直視できない傾向のある僕が、
それでも顔から視線を反らせないほど美しかったのだ。
「これは貴方の剣でしょ? 拾っておいてあげたわよ」
少女の手には、僕が持っていたはずの赤銅の剣が握られていた。
逃げ出した時のことなのか、握っていた剣を投げ捨てたことにも気付かなかったらしい。
「は、はいっ! ありがとうごさいます!」
「……何でこんなことをしているのか、私で良かったら聞かせてもらってもいいかしら?」
僕の名前は、段城(だんじょう)司(つかさ)。
端的に言ってしまうと、僕はゲーム機とアスファルトの世界からこの世界へと、
(おそらく)勇者として召喚されてしまったのだ。
わけのわからないまま、召喚儀式室みたいな場所から宝物庫のような場所に連れて行かれ、
一対になってるっぽい二振りの斧を引き抜くように指示された。
それが抜けないと分かると、今度は王様と会うために謁見の間へと連れて行かれる。
そこで『沼地の岩山に棲む、リリムという極めて強力なサキュバス』を討伐せよと命令され、
赤銅の剣と黒いパンと僅かばかりの路銀と共に城から放り出されたのだ。
パンはまずいし、言いたいことは凄くたくさんあるのだが、
しょうがないので生活費を稼ごうと、スライム狩りを考え――そう、冒頭の状態だ。
このような顛末を、包み隠さず全て話した。この美しい人の瞳を見ていたら、
つい打ち明けたくなってしまったのだ。
「魔物も魔法も存在しない異世界……か。信じ難い話ではあるけれど、
君の説明は整然としてて矛盾がないのよね」
「ごめんなさい。関係ないのに丁寧に話を聞いていただいて」
「そうなのよね。そもそも私が聞いた結果なのよね……」
ちょっと意味不明なことをブツブツ言っている。
自分の感情を押し付けて、迷惑なことをしてしまったかもしれない。
「で、貴方はどうするの? 勇者様を続けて『沼地のリリム』と戦うつもり?」
「勇者様って言われても正直ピンとこないですし、何かして生活費を稼がないと……」
勇者とか言われてるけど、今の状態は正直ただの浮浪者でしかない。
遠い『沼地のリリム』より、当面の生活をどうするかだ。
「今の所持金だと、安宿十日分ってところかしら?
うーん、ちょっと提案があるんだけど、聞いてみたい?」
少女が指を口元から離すと、その唇に視線が吸い付けられてしまう。
「何でしょうか?」
「魔物娘を傷付けたくないって言うのなら、私は貴方と組んであげられるけど、どうする?」
「ありがたい話ですけど――いいんですか?」
「別にいいわよ。私は魔物と友好的な国から来たから、
この辺りだと一緒に組める冒険者を探すのには苦労しちゃうのよ」
「お願いします! ぜひ連れて行ってください!
この世界自体の素人ですし、正直どうしようもないです!」
僕にとってこの提案は都合が良過ぎる! 通じるかわからないけど、
頭をしっかり下げてお願いした。
「じゃあ、決まりかな?」
少女は、手を出して握手をうながしてきた。
「私はリエル。よろしくね!」
「はい、リエルさん」
僕はその手を取った。凄く柔らかい……
「……ちょっと堅苦しいんじゃない? 呼び捨てでいいわよ」
「よろしく、リエル! ――こうかな?」
「うんうん! ツカサ、つかさ、司…… 司、司――これで
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