そして、翌日。
総大将の命を受けて、先鋒隊の指揮官を任されたフラッパー・ブリッジ(23)は心地良い緊張に、決して大きくはないものの実用的な筋肉で固めた身を小刻みに震わせていた。気合を入れる度、彼が身に付けている、洗礼済みの鎧がカタカタと規則的な音を上げる。
そうして、副官に目配せをされると、一つ咳払いをしてから頷き返し、真っ直ぐに伸ばした人差し指を、視線の先に陣を張っている魔王軍へと向け、勢いよく吸った息と一緒に命令を叫んだ。
「撃てぇ!!」
だが、砲兵が導火線にマッチで火をつけた瞬間、百を越える大砲が一斉に吹き飛び、桃色の煙が先鋒隊を包み込んでしまった。
「何っっ?!」
まさかの暴発にフラッパーは驚くが、鼻先を掠めた臭いに一瞬で顔色を変えると、馬に鞭を入れ、必死の思いで息を止めて桃色の煙から飛び出た・
煙が届かない距離まで走りぬけて振り返ったフラッパーに、煙中から凄まじい力で投げられた一本の槍が襲い掛かる。
咄嗟に、自慢のトゥーハンドソードで槍は折り飛ばしたものの、威力は想像以上に凄まじく、彼は馬から転げ落ちてしまった。
第二撃を警戒して、素早い身のこなしで立ち上がったフラッパーに、煙の中から悠然とした足取りで出てきた一人の、仮面で顔を隠している兵士が拍手を贈ってきた。
フラッパーはすぐに、自分の部下である事を示す印が刻まれた鎧を身に付けているものの、この男が裏切り者であり、魔王軍に属している者だと気付く。
「今ので仕留められるとは思っちゃいなかったが、やっぱ、良い反応をするねぇ」
この桃色の煙の中から平然と出てきたのが、その証拠だ。
彼とフラッパー以外の兵士は、桃色の煙の内で吐瀉物を豪快に撒き散らしながら地面を転がっていた。四肢を震わせている者の被害はまだ軽い方で、中には白目を剥いたままで天を仰ぎ、真っ赤な泡を噴いている兵士までいた。
どうにか、視界を覆い尽くす桃色から脱出を図りたくても、既に十分な煙を鼻と口から吸ってしまっていた為に、全身の隅々まで巡らされている血管に鉛を流し込まれたように体は重くなり、手足にもまるで力が入らない上に無理に動かそうとすれば嘔吐感が更に込み上げてくる始末である。
魔王軍が好んで使う麻痺毒を予め調べていたフラッパーはすぐに気付いて、煙から脱出が出来たので手足の先に、槍を弾いた時以上の痺れは出ていなかった。
「あわよくば、この毒煙で戦力を完全に潰しておきたかったんだがな、そう話は上手く行ってくれないもんだな」
子供の頃から魔物の街で暮らしているキサラギは、魔王軍が使用する致死毒性の物以外の毒物にはある程度の耐性を体の中に持っていた。また、最低でも息を10分は止められるよう、心優しい先輩方に鍛えられてきたのだ、毒ガスの中を息をせずに歩いてくるなど朝飯前である。
「まさか、ここまで潜り込んでいるとはな」
「軍が大きくなりすぎるのも考え物じゃないのかね」
キサラギは外した仮面を地面へと投げ捨てる。
「魔王軍の勇者部隊か」
「いえ、騎士団の見習いっす」
「騎士団の? ・・・・・・人間、しかも、ジパング生まれが所属しているとは思わなかったな」
フラッパーは目の前の自分と大して年齢は変わらないであろうキサラギの何気ない立ち姿から、彼の強さをしっかりと推し量り、ただの間諜ではないと悟り、自慢の得物を構える。彼が構えたのを見て、キサラギもまた腰の刀を抜く。
「一人か?」と尋ね、鈍い光を放つ剣先を向けるフラッパー。
「そうっすよ、見ての通り」と、両手をわざとらしく広げてみせるキサラギ。
「いい度胸だ」と自分の胸を親指で打ったフラッパー。
「あざっす」と道化めいた動きで首を垂れたキサラギ。
「敬意を評し、俺から名乗ろう。
フラッパー・ブリッジ・・・・・・お前を切り捨てる男だ」
しかし、キサラギは彼の少しクサい名乗り上げに対し、己の名を口にしなかった。
フラッパーと違い、まだまだ信用されきっていない自分が名乗るのはおこがましいと思っているのもあったが、それ以前に、迫りつつある激突の瞬間に向けて集中しているからだった。
フラッパー自身も、それが解っているからだろう、無言を貫くキサラギを責めるでもなく、「ふっ」と不敵に微笑みながら肩を大袈裟に竦めた後にグリップを握り締める両手へと更に力を込め、練った闘気を出し惜しみせずに放出する。
肌にビリビリと伝わってくる、まぎれもない強者の雰囲気にキサラギは思わず、笑ってしまう。
単純に、フラッパーほど強い男と剣を交えられる事が嬉しくて堪らない、わずかに見ただけでそんな事を考えているのが解ってしまう笑みだった。
地面を前に蹴ったのは二人ともほぼ同時だったが、先に殺意丸出しの攻撃を繰り出したのはフラッパーだった。
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