生きる為に食い、食う為に生きる【前】

 「ハァハァハァ」
 どうして、こんなコトになったのかな
 冷たい空気と息苦しさでボンヤリし始めている頭の片隅でそんな事を考える。
 随分と荒れた呼吸を整える余裕もない私は、ほぼ無意識の内に手を痛いくらいに伸ばして、岩の窪みを探しては指を引っ掛ける。そうして、痙攣を始め出して小刻みに震えている手に力を込めて腕を曲げると同時に、岩で擦れて少し鱗が剥げてしまった尾で自分の体を押し上げる。
 (よしっ)
 どうにか、小さな難所を越えて、緊張が緩んだ私はフッと身体の力を抜いてしまった。
 その瞬間、足(尾か?)元の岩が砕け、私は五臓六腑が反転するような浮遊感に襲われた。
 たった一瞬で、地面に叩きつけられて死ぬ事を覚悟しかけた私の、生への執念で本能的に天に向かって伸ばした腕を、私の頭上を登っていた青年が掴んだ。
 助かったと安堵し、途端に恐怖が腹の底から込み上げて来てしまう。
 見る間に顔面蒼白と化し、悲鳴の一つすら上げられない私を青年は、細い眉を寄せて見下ろしていた。
 そうして、彼は「フッ」と息を止めて腹に力を入れると、魔力で強化もしていない右腕をブルブルと震わせ、自分の体重の二倍はある私を顔を真っ赤にしながら引っ張り上げてくれた。
 「あ、ありがとう」
 私が何とか、岩の出っ張りを掴み、尾で自分の体を支えると、青年は汗ばんだ手を離し、私をゾッとするほど鋭い瞳で睨んできた。
 「・・・・・・しっかりしてくれよ」
 真っ赤になった顔を汗だくにして、肩で少し荒い息をしている青年に私は今一度、礼を言う。自分より年下の人間に礼を言うのは癪だったが、命を助けられた以上は礼を言うのが筋である。
 手の甲でグイッと頬を流れていく汗を拭った青年は、ベルトからぶら下げているホルダーに突っ込んだ水筒を傾けて、乾いた身体を潤し、火照った肉体を冷ましていく。
 青年は濡れた口許を拭うと、私の方を見ずに水筒を突き出してきた。
 「良いの?」
 「脱水症状を起こされたら困るからな。
 案内人として、前金は払っているんだから、仕事はちゃんとして貰うよ。
 自分の意地悪でアンタに死なれても目覚めが悪ぃし、目的の物を拝めなくなるのも困るんで」
 本当に口の悪い人間だが、言葉の端々から、根は優しい事は解る。
 口の端を歪めつつも、私は素直に水筒を受け取った。
 アルラウネの蜜を溶かしてある、よく冷えた水が全身に染み渡り、ついつい私は身体の力を緩めてしまう。
 そんな私を窘めるように、青年は舌打ちをわざと聞こえるように漏らしてきた。
 「この崖を登り切ったら、すぐなのか、森は?」
 「あ、えぇ」
 チラリと盗み見れば、青年は今の今まで不機嫌そうだったのに、今ではキラキラと輝かせている。まるで、待ちに待った自分の特別な日に、親に玩具屋に連れて行って貰える運びになった少年のような面持ちだ。
 思わぬ一面を見せられた、私の頬はカァと熱くなってしまう。
 私の名前は、ヴィアベル。近くの町で開かれる市場で山で採れた薬草や自分で作った小物を売っている、メデューサだ。
 赤らんだ頬を隠す私を怪訝そうに見ながら、チョコを齧っているこの青年の名前はカグラ・ムラマサ。謎に満ちた『ジパング』からやってきた、冒険者を副業にしている料理人。
 今、私達はこの辺りの一般人は近づきたがらない、深く暗い森に入る為に、人間も魔物娘も区別無く襲う怪鳥が飛び回っている崖を、死の影を背中に感じながら登っていた。
 ホント、どうして、こうなったのか

 先にも書いたが、私は市場で薬草や自作の小物を売って、生活費を得ていた。私が店を開く市場がある小さな町は比較的、私たち魔物娘に対して友好的ではある。
 しかし、私は幼い頃、近所の子供に苛められていた事もあって、市場に出向く時は尾を魔術で、二本の足に『変身』させていた。
 とは言え、エキドナには到底、及ばない私の実力では『髪』まで人間と同じ物にする事は出来ない為、帽子を深めに被って隠していた。

 その日、私は日が落ち出した頃に店を閉じた。
 「はぁ」
 戻した尾をくねらせながら家路についていた私は、憂いの溜息を漏らしてしまう。
 「最近、売れが悪くなってきたわねぇ」
 そろそろ、肌寒さを感じる季節だ。山に生えている薬草も段々と少なくなってきている。
 自然に生える物である以上は、どうしようもない話だが、路銀を稼がなければ私も餓えてしまう。
 小物の評判は悪くない。時々、こんな感じの物を作ってほしい、と頼まれる事もある。
 だが、素人が暇な時間に作っている物だ、あまり高値を付ける訳にもいかない。
 まだ、蓄えは十分に残っているが、これから薬草が取れなくなる可能性だってあるだろう。
 それを思うと、ついつい、また溜息を漏らしてしまう私。
 (傷薬とか媚薬の作り方を覚
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