第十三話『蛮女』

 青い緑が鬱蒼と生い茂り、不気味な鳴き声を発する怪鳥が空を自在に飛び回り、気配を殺している肉食獣の双つの瞳は草むらの中で赤く光っている。
 彼等は密林の中を歩いていた。
 「熱ぃなぁ」とキサラギは表情を渋くして、頬を止め処なく流れていく大粒の汗を乱暴に拭う。
 「水分補給を」
 「おぅ」
 彼はレムが素早く差し出した水筒を傾けると、喉を豪快に鳴らしながらハニービーが集めた蜜を混ぜた氷水を飲んでいく。
 火照っていた体が心地良く冷めていき、汗と一緒に流れ出てしまっていたスタミナが戻ってくるのを感じたキサラギは「うしっ」と小さくガッツポーズを決めて、自分に気合を入れ直した。
 ゴーレムであるレムは汗こそかいていなかったが、粘りつくような暑さはやはり堪えるのか、オーバーヒート防止で額に『氷結』作用のある霊符を貼り付けていた。
 「やはり、この依頼を引き受けたのは早計だったでしょうか、マスター」
 「請けちまってから言っても仕方ないさ」と言いつつも、キサラギも一抹の後悔を、あえて無理矢理に引き締めている顔に滲ませていた。
 二人が請けた仕事の仕事の内容は、この密林の中にしか生えていない薬草、喘息の特効薬になるカビの採取、また、可能ならば、1m10万の値で取り引きされる白金色の糸で巣を作るとされる、体長5cmにも満たない毒蜘蛛の捕獲だった。
 運よく、密林に足を踏み込んでから三十分で、毒蜘蛛を見つけられたキサラギとレム。
 つい先程、二人は琥珀色のカビの採取に成功し、今は喉の病に効くとされる薬草を探していた。
 周囲を喧しく飛び回る蝿や蚊を忌々しげな面持ちで払いながら、キサラギは虫除けスプレーを自分に噴き付ける。
 「高級レストランで飯を奢ってもらった上に、三つ全てを持ってくれば報酬も相場の倍額は出しても構わないって言われたら引き受けるしかねぇべ」
 「ですが、蓄えは十分でしたよ」
 「溜められる時に溜めとかないとな、今の時期」
 キサラギは枝になっていた、マンゴーに形が似た赤い果物を抜刀音を立てずに切り落とす。そうして、鼻を近づけ、毒が無さそうな事を確認すると勢い良く齧りついた。
 独特の甘みが口の中で何度も弾け、キサラギは頬を緩めてしまう。
 「美味いな、これ」
 もう一口と大きく口を開きかけたキサラギの肩が小刻みに跳ねた。レムも動物のそれとは違う、自分達に向けられている視線に気付いたのか、素早く周囲の気配を探る。
 目配せを交わした二人は足を止めずに、そのまま前に進み続けた、もちろん、何かが飛んできたら素早く避けられるよう気を張りながら。
 「マスター、獣ではありません」
 「判ってる」とキサラギは口許だけで笑いながら、黒曜石を思わせる瞳に冷たい光を灯らせる。それでいて、その長躯からは微塵の闘気も滲み出させない。
 彼の『技術(テクニック)』に、表情を作る顔の人工筋肉こそ動かさないが驚かされるレムであったが、草が踏まれる音、葉が擦れる音を耳で、枝と枝との間を飛び交う影を目で捉えていた。
 「―――・・・何者でしょう」
 「さぁね」と首を傾けたキサラギが果実を齧った次の瞬間、彼の右耳のすぐ傍を通り抜けていった矢が、木の幹にと軽い音を立てて突き刺さった。もし、今、彼がわずかに顔を動かさなければ、矢は右耳を貫き、そのまま引き千切っていただろう。
 しかし、そんな事はまるで気にせず、種を吐き出したキサラギは、長さ30cm弱の矢が突き刺さっている箇所から橙色の煙が薄く上がっているのを見て、「麻痺毒の類か」とさほど驚いた風もなく呟き、歩調も緩めない。
 「奴さん方は、俺を殺すんじゃなくて、捕まえる気でいるらしい」
 上を向いて大きく開けた口の中に果物を落としたキサラギは、派手に果汁を飛ばしながら咀嚼していく。
 そして、キサラギは予備動作を表に出さずに、いきなり走り出した。彼の筋肉の動きではなく、短くも濃い付き合いからある程度は、行動を読んでいたレムは彼に遅れずに後を着いていく。
 二人が動いたのを合図にしたかのように、毒矢は次々と射られてきた。
 腕前はかつて出会った、エルフ族の戦士・ヘリファルテには及ばないようだったが、地面へ瞬きをしている間に次々と突き刺さっていく数え切れない矢の量からしても、射手は一人ではないようだ。
 左右からだけでなく、こんな雨霰のように矢を降らされては足を止めて、矢を防ぐ事すら難しい。
 キサラギとレムはなるべく的を絞られないように、密林の中をジグザグ、時には、低い木の枝と枝の間を、まるで猿のように飛び交い、自分達が戦いやすい場所を目指す。
 「マスター!! あちらに開けた場所が」
 「おうっっ」とレムの声に、仰け反って矢を避けたキサラギは大声で返す。
二人は泥濘を撒き散らせて急な方向転換をかまし、そちらに全速力
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33