「・・・・・・男、何のつもりだ」
「見ての通りだが、理解できないか?
あの娘を逃したのさ」
「死にたいのか?」
「死にたくもねぇし、殺される気もねぇし、許してやる気もねぇ」
「たかだか人間ごときが、私を許さないだと。不遜の極みだな、全く」
その整った肢体から滲み出したエルフの殺気に、吊り上げていた口の端を下ろしたキサラギは刀を抜いた。
「確かに、盗みを働いたあの嬢ちゃんは悪い。
罰は甘んじて受けるべきだとも思う。
―――・・・だが、それでも、家族の為に命を張ったあの娘を嘲笑った、テメェだけは勘弁ならねぇ」
煙を思わせる形を持って、キサラギの引き締まった肉体から溢れ出した憤怒混じりの闘気は、エルフのそれに何ら劣っていなかった。穏やかそうに見える外見に見合わず、キサラギの放つ気の烈しさにエルフは若干たじろいだものの、幾らかは死を紙一重に感じる程度の修羅場を潜り抜けていたのか、彼女は臍へと力を入れてキサラギの気迫に耐えてみせた。
そうして、彼女は目にも止まらない速度で矢を射た。
彼女自身は不意をついたつもりであったが、怒りで脳が煮え滾りそうになっていても冷静さを決して失っていなかったキサラギは彼女の目の動きや呼吸、肩や指先の揺れなどを観察していた為に動きを予測していた。
前に出たキサラギは、眉間に向かって飛んできた矢を宙で切り刻み、そのまま止まらずにエルフへと迫った。
猫科の肉食獣を連想させるような、キサラギの無駄を削いだ俊敏な動きに慌てふためいたエルフは風系の魔術を展開させて、前方に砂埃を巻上げさせて彼の視界を覆い隠し、それと同時に足に纏わせると跳躍力を強化して、地面を思い切り蹴った。
再び、見えない枝上からキサラギを射る肚でいたエルフは、キサラギの美しい顔が目前に迫っていたのに気付いた瞬間、言葉も出なかった。
魔術こそ使えない体質ではあったが、血反吐も吐けなくなるほど、血尿すら出尽くすほどの厳しい修練と鍛錬を自らに課し続けてきていたキサラギは魔術なしでも、自力で中級レベルの身体能力強化の魔術をかけたのと同等の運動能力を、その身に備えていた。
故に、十分な助走さえ付けられれば、風の力を借りて跳んだエルフより幾らか高く跳ぶ事など容易い事だった。
エルフの頭上を取ったキサラギは右腕を高々と上げ、空気を握り潰すようにして硬い拳を作り出す。「ビキビキ」と言う鈍い音に、エルフの肉体は自動的に反応していた。
が、大鉄鎚よろしく一直線に振り下ろした右拳は、彼女が身を守る為に咄嗟に盾にした愛用の長弓を木っ端微塵にしてしまう。それでも、拳の威力は大して削がれなかった。
当たったら危険だと一瞬で判断を下した彼女は、全身から無駄な力みを抜き、開いた両の掌で拳を受け止めた刹那、軽く曲げていた肘を一気に伸ばして、自分から地面に向かって飛ばされた。
拳に腹肉を殴った触感を覚えなかったキサラギは下手な口笛を吹き、空中で一回転してから着地する。
キサラギが感嘆の滲んだ視線を向けた先には、彼の拳の破壊力を逆に利用して直撃だけは避け、地面にぶつかる直前で作った風のクッションで衝撃を見事に殺したエルフが平然とした様子で立っていた。
本当に触れたのは一瞬だったのだろう、キサラギの拳を真正面から受け止めた掌は裂けてもおらず、少しばかり赤くなっているだけであった。
「・・・なるほど」と自分の赤くなっている掌をまじまじと見つめていたエルフはおもむろに呟き、驕りが微塵も浮かんでいない瞳をキサラギへと向けた。
「久しぶりに、冷たいものを感じたぞ、背中に」
愛用の長弓の残骸を投げ捨てたエルフの周囲に、空気を限界まで圧縮した球が何十個と現れる。
「この私を本気にさせた人間は本当に久しぶりだ。
血湧き肉踊ると言う感覚も思い出せた」
エルフが両手を横に大きく広げると、空気弾は高速回転を開始し、次第に形を球から矢状へと変えていった。
「ラファ・ガ・フレチャ。
礼に一瞬で命を獲らん・・・・・・嬲り殺しにしてやろう」
「やってみろ」
興奮で笑うのを堪えきれないキサラギは刀の柄を両手で強く握ると、土塊が高々と舞い散るほど右足で地面を蹴りつけて前に飛び出た。
エルフに速度、角度、動きを短縮呪文によって組み込まれている風の矢は、周囲の空気から生み出される為に尽きる事はない。並みの人間の魔術師なら、そんな高度な魔術を使えば五分と経たずに自分の中にある魔力が枯渇してしまい、脳貧血を起こしてしまうだろう。
しかし、今回の相手は魔力量が人間とは比較できないほどに多いエルフである。まず、魔力が切れると言う可能性は低かった。希望的観測を交えて、軽く見積もっても、岩にすら穴を開ける威力のある矢を三十分は操作できるだろう、しかも、十本同時に
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