第六話『敬服』

 そして、戦いの場面は古代遺跡の地下へと戻る。
 キサラギが魔術を、攻撃にも防御にもまともに使えないと気付いたオルトロスは更に炎を強く吐く。
 間髪入れずに迫ってくる火球をキサラギは華麗なステップで躱してはオルトロスの懐へと潜り込んで切りつける。そうして、爪や牙の一撃を食らってしまう前に距離を置く。これを繰り返す。
 オルトロスの巨体にはキサラギが加えた切り傷や刺し傷がいくつも刻まれ、あらゆる箇所から血が流れ出ているにも関わらず、その動きはまるで鈍っていなかった。
 (やっぱり、もっと力を入れないと肉までは届かせられないか・・・)
 キサラギが刃に感じる感触は、ほとんどが皮を斬った時の瑣末なものだけだった。
 (だけど、肉まで届く斬撃となると、後退しようとする体勢じゃ出せねぇしな)
 突き出された爪を避け、地面を転がるようにしてオルトロスの胴を切りつけたキサラギは、素早く起き上がって後ろへ跳ぶ。
 「っつ!?」
 その時だった、キサラギの側頭部に、針で深く刺されたような痛みが走った。
 人間の集中力はそう長く続くものではない、小さなミスが命を落とす事に繋がりかねない殺し合いの場なら尚更だ。
 オルトロスの動きを少しでも先読みしようと緊張し続けていた為、キサラギの脳はこれ以上は危険だと判断し、強制的に集中状態を解除したのだ。
 だが、そのタイミングは最悪すぎた。
 (やばっ)
 空中で体勢が崩れたキサラギをオロトロスの右前足が弾き飛ばした。
 想像を絶した、強烈過ぎる衝撃。
 意識が途切れそうな中、キサラギの耳には、胸骨と肋骨が一瞬で木っ端微塵になった上に、内臓が破裂もしくは損傷してしまった、鈍く耳障りな音がはっきりと聞こえた。
 宙を一直線に飛んでいき、壁に背中から激突し、ずるずると滑り落ちて床に腰が落ちたキサラギ。
 ぶつかった衝撃で砕けた瓦礫が彼へと落ちていく。
 瞬く間に、力なく俯く彼の姿は砂埃に隠されてしまい、それも晴れた時にはキサラギは瓦礫に埋もれきってしまっていた。見えているのは左足の膝から下だけである。
 呆気ない終わりに一抹の虚無感を感じたオルトロスは、瓦礫の山からわずかに覗いていたキサラギの足を一瞥した後、棺が置かれている部屋へと戻ろうとした。
 しかし、不意に足を止めたオルトロスは急に振り返ると、大きく開けた左の口から息を吸い込むと、右の口から今まで一番に大きい火球を瓦礫の山に向かって放った。
 一秒とかからず、瓦礫の山に激突した火球は拡散し、その一帯を真っ赤な炎で埋め尽くす。
 「・・・・・・・・・」
 何も起こらなかった事から自分の杞憂だったか、と思ったオルトロスは気が変わったのか、墓守の役目を放棄し、外の世界に躍り出て暴虐の限りを尽くすべく階段に向かおうとした。
 しかし、気が昂ぶる自分を通せんぼするように階段前に立つ、満身創痍のキサラギを見て、オルトロスは四つの目を剥いてしまう。
 頭部からは血が止め処なく溢れており、顔全体を真っ赤に染めている。鉄の柱すら削る禍々しい爪に抉られた胸の深い傷はどう見たって致命傷で立つ事すら適わない筈なのだが、キサラギは小さくふらつきつつも、確かに自分の二本の足で立っていた。
 天井を見上げ、ハァハァと呼吸を乱すキサラギは左の肩に突き刺さっている、尖った石片を乱暴に引き抜く。肩からは鮮血が飛び散り、彼は痛みに顔を顰めたものの、逆に良い気付けになったとばかりに血で真っ赤になって歯を剥いて肯いた。
 そうして、彼が顔を前に戻した瞬間に手酷いダメージでボロボロになった全身から放った、重傷者のそれとは思えない、重く鋭すぎる殺気にオロトロスは巨体を硬直させてしまう。
 「ジャリ」と言う音にふと足元に二本の視線を落としたオルトロスは愕然とさせられる。
 大きな足跡は擦れていた、後ろに向かって。
 たかだか人間、しかも、死に掛けの人間が放った絞りカスにも等しい殺気に後ずさってしまった事は、かつて大暴れし、何者からも怖れられていたオルトロスにとっては屈辱以外の何物でもなかった。
 奥の牙に亀裂が入ってしまうほど、激しい歯軋りを漏らしたオルトロスの二つの顔には太々とした血管が何本も浮かび上がり、小刻みに痙攣してしまっていた。
 もう殺すだけでは飽き足らぬ、一握りの灰すらこの場に残さない。
 そう決めたオルトロスは両の口を、顎の骨が軋むほど開けた。そして、二つの口で肺がいっぱいになるまで息を吸い込んでいく。
 一方のキサラギは真っ赤になっている視界が、徐々に霞み、狭まり出しているのを感じていた。
 肉が随分と減ってしまった胸にはそっと呼吸をするだけで熱を伴った痛みが広がり、地面をしっかりと踏みしめている筈の両足の感覚は薄れ出し、彼は自分が真っ直ぐ立っているのかも定かではなかった。
 まとも
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