追っては逃げられ、逃げられては追いかけ

 (くそっ、背中を見失わないようにするのが、やっとだ・・・・・・
 ホントに人間なのか、あの男は?!)
 目の前を行く相手に気付かれないように気をつけつつ、忌々しげに舌打ちを小さく漏らした私は、決して小柄ではない身を潜めていた岩蔭から気配を抑えながら出て、追跡を再開する。
 アタシが一年近くも追い続けている、その男は背中に成人の男三人が腕を伸ばして、やっと届くほどの太さの大木をも真っ二つにする大剣を、腰には腕のいい職人が市場には出ない一流の材料だけを使って精魂を込めて作った上に、教団に所属する一流の魔術師が長時間かけて呪文字を刻んで耐久性を上げた鎧を切り裂ける長刀を差しているにもかかわらず、山育ちの私ですら汗をかくほどの荒れた道を何でもない様子で進んでいく。
 何度か、『察知(リチェルカ)』を使ってみても周囲の魔力に変化は無いから、肉体を術で強化している訳ではないのだろうが、それはそれで逆に厄介で、恐ろしい話でもある。
 アタシの名前はリゼル・メディアム・フェッロ、誇り高いリザードマンの戦士だ。
 世界各地を巡っていた、私は、武者修行で。森で狩った獣の毛皮や肝を市で売ったり、そこそこの賞金首を捕らえたりして、適当な旅費を稼ぎながら、道すがらで遭った人間の戦士に勝負を挑んでいた。
 アタシ達、リザードマンは勝っても相手の命を奪ったりなどしない。むしろ、アタシ達と互角の勝負をした人間には敬意を払い、再び戦えるようになるまで近くの里で治療と介護もしてやる。故に、人間達の方が逆に勝負を挑んでくる事も少なくない。
 中には正々堂々、真っ向勝負を仕掛けてくる者もいるし、アタシ達から叩きつけられた挑戦を了承するも、自分と相手の実力差をしっかりと測れ、魔術や罠などどの知恵で戦う者もいた。
 そんな大勢の戦士を、アタシ達、リザードマンは小細工なしの力技で常に倒してきた。
 そして、アタシ達は自分を負かした戦士を生涯の伴侶と決める。相手が首を縦に振るまで、何処までも追い続ける。アタシの友人も、自分を倒した相手を追って集落を後にして、数年後、その男を伴って帰ってきた。アタシ自身、故郷には最近、帰っていないが、彼女達は今でも、幸せな生活を送っている筈だ。そろそろ、子供が出来ている頃だろうか。
 だが、アタシが集落を出た理由は強い男が原因ではなく、前述したが、武者修行だ。無論、アタシと同じ理由で集落を出る者は多い。実際、アタシの母も武者修行の途中で、冒険者に負けたそうだ。
 汗を拭ったアタシは腰からぶら下げていた水筒を手に取り、中に入れている蜂蜜を混ぜて甘くしてある水を一口だけ、唇を湿らす程度に飲む。
 一年前、アタシは旅の途中で、その辺りの土地を治めていた貴族(ヴァンパイア)の娘を助けたのだが、その時に崖から落ちてしまい、怪我を負ってしまった。
 幸い、右足を折っただけで、戦士生命には関わらなかったのだが、さすがに旅は続けられなかった為、娘の母親の言葉に甘えて、しばらく屋敷に置いて貰った。怪我が癒えてからは、それまでの恩を返す意味で、門番や娘のボディガードを買って出ていた。
 そして、アタシはその屋敷で出逢った、運命の相手に。
 (さすがに、今日の内に山を越える事は無いだろうから、日が落ちる前に体を休められる場所を探すだろうな)
 そんな事を考えながら、少なくなりつつある干し肉を齧ったアタシだったが、不意に前を歩いていた男が不自然に足を止めたものだから、驚いてしまう。
 (やばい)
 慌てて、近くの岩の陰に隠れ、気配を押し殺す。
 だが、アタシは追跡中も、足音も気配もなるべく抑えていたのに、相手は尾行されているのに、かなり前から気付いていたらしい。
 「・・・・・・いつまで、私を追いかけてくる気なんですか? リゼルさん」
 困惑交じりの表情をありありと浮かべた男は、長く苦しい旅だと言うのに艶やかさをまるで失っていない黒髪を掻きながら、隠れているアタシに柔らかい声で聞いてきたが、私は決して小さくない体を更に縮ませる。
 しかし、声に反した鋭い視線が岩を貫いて、アタシの背中にチクチクと突き刺さってくる。
 (くそっ、バレてる)
 半ばヤケになった私は岩の上に跳び上がり、微苦笑を浮かべて、アタシを見上げている男にベルトから抜いた剣の先を向けた。
 「お前が、私の再戦要求を受けるまでだ。そ、そして、契りを結ぶまでだっっ」
 足を乗せている岩を砕く勢いで尾を振り下ろし、私が頬を真っ赤にしながら放った叫びに、かけていた眼鏡を指で押し上げながら笑みに滲んだ苦味を濃くしたこの男、キサラギ・サイノメが一年前、私を負かした。

 最初、屋敷の門前にキサラギが現れた時に抱いた印象は、「アタシの胸を高鳴らせるには程遠い、脆弱な人間」と言った物だった。
 背こそ妙に高かったが
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