ドキドキの幕開け

 過剰なスキンシップばかりで、案内とかは大丈夫なのか不安になっていたフリッツだったが…………予想に反して、ゴンドラが水路を進み始めると、エレオノーラ姉妹は彼のことをきちんと気にかけてくれた。

「そう、お父様とお母様と一緒に、アル・マールに引っ越してきたばかりなのね。知らないところに一人きりだと寂しいでしょう。慣れるまでは、お姉さんたちがずっと付いていてあげるわ」
「こう見えても、お姉さんたちはついこの前まで、二人でゴンドラを動かしながら、集団のお客様の観光案内をしてたの。きっと楽しんでもらえるはずよ」

 先程の欲望丸出しの姿とは打って変わって、彼女たちはフリッツの緊張をほぐすように、親しみやすいお姉さんのように話しかけてきた。
 案内人としてもベテランと自負するセシリアとマノンと会話をしていると、不思議と心が穏やかになって、次第に警戒心が薄れてくるようだった。

「海の上に町があるって聞いて、ここに来るまでは想像もできなかったけど、想像以上に綺麗…………」
「青い海に白い建物が映えるでしょう? 建物が白いのは、外壁に貝殻から作った塗料を塗ってあるからなの」
「このあたりの海で育つ二枚貝は、食用としても人気なんだけど、殻も道具として利用することができるのよ。コートアルフがまだ一つにまとまってない頃からの伝統として、平和になった今でも受け継がれているの」

 観光客が何に興味を持つかは個人によって千差万別で、景色を見たい人もいれば、まずは食べ物という人もいる。
 個人客が難しいのは、彼らが何を求めているのかを見抜く力量が求められるからなのだ。

 姉妹がフリッツを心から楽しませるためには…………シャイな彼自身ですら気が付いていない、無意識の好みまで探り当てなければならない。
 そのために、彼女たちはさりげなく柔らかい口調でフリッツから言葉を引き出し、同時に緊張をほぐすことに成功したのだった。

 「ゴンドラから落ちたら困るから」という名目で、姉妹は桟橋を出てからずっとフリッツの手を片手ずつ握っていた。
 初心なフリッツにとって、美しい姉妹二人に手を握られただけで心臓がバクバクしたものだが、会話を重ねるうちにすっかり慣れたのか、少し撫でまわすだけではほとんど動揺しなくなった。

「お姉さんたちのお話、とっても面白くて聞きやすいっ!」
「うふふ…………そう言ってくれて、お姉さん、とっても嬉しいわ♪」
「これはほんのまだ序の口よ。アル・マールの魅力、もっともっと近くで味わわせてアゲルっ♪」
「えへへ、やっぱりお姉さんたちに案内を頼んでよかったっ!」

 そう言ってにっこりといい笑顔を向けてくるフリッツ。
 セシリアとマノンはたちまちハートを撃ち抜かれ、赤面してしまった。

(か……かわいいいぃぃぃっ!! フリッツきゅんホントにかわいいっ!!)
(どうしましょう……どうしましょうっ♪)

 フリッツ自身はまだ自覚はないが、店の接客手伝いで磨かれた彼のスマイルは、老若男女問わず魅了する一種の「魔力」があるようだ。
 興奮のあまり鼻血が出そうになった姉妹だったが、カッコ悪いところは見せられないというプロ根性で、何とか持ちこたえた。

 二人の中で、フリッツを自分たちのモノにするのは100%決定事項であることには間違いないが、まだほとんど何も見ていないのに手を出してしまうというのは無粋というもの。
 じっくり、たっぷり、町の魅力と自分たちの魅力を教え込んで、フリッツの方から求めてくるまで…………

 エレオノーラ姉妹が渦巻く欲望を胸に秘めていることも露知らず、フリッツが乗ったゴンドラは、水路の大通りを進んでいく。
 時々すれ違うゴンドラに手を振りながら挨拶をしていると、噴水を中心に円形に広がる水上広場に差し掛かった。
 広場に面する建物のどれもが、ゴンドラで直接やり取りができるように作られた店になっており、食べ物や装飾、娯楽品などが所狭しと並んでいる。これだけでも、初めて目にするフリッツにとっては「今日はお祭りの日なんだろうか」と思ってしまう程の盛況だが、水上でもやや幅の広い船体の上で景気よく物を売る商人たちもおり、その賑やかさは今まで見たどんなイベントよりも数段上だ。

「お祭り………じゃ、ないんだ! お店とお客さんがたくさん……目が回りそう!」
「うふふ、お気に召したかしら♪ アル・マールにはあちらこちらにお店があるけど、ここ『露店船区画』は特に商売が盛んな場所なのよ」
「ここの面白さは、なんといっても毎日違う種類のお店が開かれてるってことかしら。今日はどんなお店があるのか、どんなものが買えるのか、楽しみで楽しみで毎日通っちゃう人もいるくらい」

 商人の息子であるフリッツにとって、この露店船区画はまさに夢の国! 宝の山!
 あまりにも
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