冷たいものが欲しくなる。




 青く高い空に大きな雲が流れていく。
 見回す風景は彩度と輝度を上げ、極薄い白を重ねたような景色が延々と続いている。
 照りつける日差しは強く、喧騒は耳に届くのに遠い。
 通り抜ける風が肌を伝う汗に触れるのが唯一の冷却方法であると言わんばかりに、微かな圧力は遠慮がちな感覚を忘れた頃に押し付けてくる。
 
 ――――当ててんのよ。

 陽炎を生む道路の熱にやられたのだろう。
 答えどころか意思すらない自然現象に、そんな馬鹿な事を考える。

 「あっぢぃ…………」

 気が付けば大量の水分を吸った布地が肌に貼り付いている。
 事前にシャワーで冷やしておいた体の冷気はとっくの昔に外気温に侵食されて白旗を上げている状態であった。
 まだ日が高い中で出歩こうとした際の、せめてもの次善策だったのだが効果の程は雀の涙ほどだったようだ。
 買い終わった品物が入ったビニール袋を手に提げて、死にそうな表情を浮かべながら歩く男が一人。
 
 「あっぢぃ…………」

 鉛のように感じる体を引き摺るように動かし、焦点の定まらない視線を彷徨わせながら歩く男。
 ――誰が、想像しよう。

 この滝汗を流している動く死体のような体たらくは高々数分歩いた先にあるコンビニからの帰路なのだと。
 今だ周囲の熱に負けじと、辛うじて原型を保つアイスや汗を掻きつつも最適温を保とうとする飲料の方が男の何倍もマシなタフさを持っているのである。
 だが、所詮その努力も結局は人次第。
 亀の歩みと見紛うばかりの移動速度では、彼等のささやかな努力も文字通り跡形も無くなってしまうだろう。
 男は気を紛らわせようと何となしに影の濃くなった部分を眺め――

 「あっぢぃ…………お?」
 
 ――思わず二度見した。
 うわ言を繰り返す以外仕事をしない男の口が、決められた文言以外を吐く。
 その原因となっているのは影に隠れるように小さくなって倒れていた和服の女性であった。
 男の目に短期休暇を取っていた理性の光が舞い戻る。

 「おい、アンタ! しっかりしろ! 救急車呼ぶか!?」

 思わず男が抱き上げると、和服の女性は消え入りそうなか細い声を絞り出す。
 
 「…………つ……」

 「つ?」

 何とか聞き取ろうと男が耳を近づける。
 そのお陰か、男が彼女の声を聞き漏らさずに済んだのは幸か不幸か。

 「……つめたいの……ありません……?」

 その言葉に、男の顔が固まる。
 そして見上げる空。
 青く、高く。
 
 空を泳ぐ大きな雲が太陽と一緒に「見てるで? おお?」となけなしの罪悪感を責め立てる。 
 男は観念したようにガサゴソと袋を漁ると、コンビニで購入した大量の氷菓の一つを開け渡したのだった。




◆ ◆ ◆

 

 「済みません……私のような者を助けて頂くのに、折角手に入れられた楽しみをふいにさせてしまって」

 「あー……良いんですよ。俺も暑さが限界でしたし。まだこっちはあるんで気にしないで下さい」

 汗を掻いたペットボトルが大量に入った袋を片手に男は苦笑う。
 原型を辛うじて保っていた氷菓達は一部と言わずほぼ全部女性の胃の腑に落とされていた。
 最初は一本で調子を取り戻すと考えていたのだが――考えが甘かった。
 一本では言葉が多少聞き取り易くなった程度で、明瞭な意思疎通が出来るようになるのにもう一本。
 女性の調子が良くなるのに更にもう一本。
 更に体力の回復がてら建物の影の中で身の上話を聞いた結果、氷菓部隊が全滅の憂き目にあった。

 「でもどうして道端で倒れてたんです? 下手すると死んでましたよ?」

 男が女性を見つけた時の状況ははっきりと言えば理解しかねるものだった。
 気温は日が高くなるにつれて上がっていく。
 太陽という強力な熱源から降り注ぐ熱射線は容易く地表を焼き、輻射熱を以って天と地の両面から狭間にあるものを容赦なく襲うからだ。
 仮に和服が普段着という今時珍しい習慣を持っていると考えても、日傘も差さずに出歩くには余りにも無防備と言えた。

 「実は私、待ち合わせをしていたんです」

 日の差さぬ影の中の冷気に一息つけたのか、女性は男の質問に答えた。
 男が理解出来たのは以下の内容である。

 ・女性は都会とは無縁の田舎から友人に会いに来た。
 ・待ち合わせ場所は聞いていたが、時間を決め忘れていたのを到着してから気付いた。
 ・連絡しようと思ったのだが、自分の住んでいた環境と大きく違う場所に珍しさを感じてつい歩き回ってしまった。
 ・人気の無い所に来てしまった段階で漸く友人との約束を思い出したが、戻ろうと思って足を引っ掛けて転んでしまった。
 ・薄れ行く意識の中、日傘を忘れていた事に気付いた。

 
 「人の街並みは賑やかですね。建物も多くて、
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