特殊攻撃力>>>超えられない壁>>>物理防御力



 ドラゴンの鱗は世界最硬クラスの防御力を誇る。

 過去ドラゴンの鱗を使用された鎧は魔力を通さず、どのような重い剣の一太刀を浴びようと欠ける事がなかったとされ、これを打ち破るには同じくドラゴンを素材にした武器かドラゴン以上の神力・魔力を有する武具しかなかったと言われている。

 既に剣が銃に、鎧が高度な科学技術を用いたボディアーマーに置き換わった現代だが、未だドラゴンの鱗を打ち破る素材は現代においても開発されておらず、完全武装したテロリスト相手に鎮圧部隊として単独で一番槍を任され無傷で生還する事が殆どであるドラゴンは味方の強固な壁として、強力な剣として
治安維持を行う存在になくてはならない中核といえる。

 これはそんな、地上のあらゆる生物に対して優位性を誇る、上位種であるドラゴンの休暇に起きたほんの一幕である。




 ドラゴンは顔を歪める。
紅潮し、汗が額や頬から吹き出て流れ落ち、しかし決して動く事叶わず悶えている。

 許されるなら声を上げたい。転げまわって、今自分を苛むこの状況に対する適切な対処を考慮しすぐにでも実行したい。

 しかし叶わない。彼女はドラゴンなのだ。
 どのような事態であろうと地上の覇者に君臨する彼女の種族が、《冷静であれ》と告げる。

 現在の彼女の状態、それは一言で言うなら蹲っている。
 両膝を立てながらも臀部とそれに付随する力強い尾は高く上げられ、上半身は逆に地に伏すような状況だ。
 今、地上で指折りの生命体は重圧に押し潰されそうな状態を強いられている真っ只中であった。

 それが尚腹に据えかねるのだろう。
 小刻みに震える肢体は、その豊満さと紅潮している顔、
 潤んだ瞳に薄っすらと紅づく肌で見るものに少なからず劣情を抱かせるに足る姿だったにも拘らず、整った顔に刻まれた縦筋の眉間に寄った皺が見る者を近寄りがたい、ある種畏怖すら抱かせる雰囲気を醸し出している。
 もしこの場に誰かいるのならある種倒錯的な彼女の姿に欲情するものも居たかもしれない。
 彼女にとって幸運なのは彼女が防音性が非常に高い家屋で暮らしていた事と、その痴態を晒す恐れのある相手が居なかった事である。

 彼女は腰から伝わる衝撃を堪えながら振り返る。

 ……始まりは些細な事であった。本当に些細な事だ。
 注意していればきっと避けられたに違いない。

 マグカップを落として――幸い割れておらず中身もない――床が多少傷ついた事も。
 何時間か放置すれば直るであろう腰部も。
 脳裏を焼く痛みに悶える時間も。
 この、屈辱以外何物でもない姿勢も――全部。

 マグカップを拾い上げる時に不自然な姿勢さえしなければ全部無かった事である。

 (不覚……圧倒的、不覚……!)

 普段から重い物と言える物を彼女は持ち上げている。
 学び舎の大荷物に始まって自宅の洗濯機や冷蔵庫、果ては知人の持つ自動車が側溝に嵌った時に難なく持ち上げ道に戻した事すらあった。
 普段からそんな重量物を持ち上げている人物が、まさかマグカップを拾う時の姿勢一つで腰をやってしまうなど神にだって分かるまい。

 かつて味わった事ない衝撃と痛みに、ドラゴン種たる彼女――諏柳 圭(すりゅう けい)――は成す術無く耐えるしかなかった。
 そんな地獄のような痛みの中、その場にそぐわぬ軽快な音楽が流れる。
 
 その音に聞き覚えがあるのか圭は蹲ったまま、それでも今は少し動ける位には落ち着いたのか音の発信源を探す。
 漸く見つけたのは画面の大きなタッチパネル式の携帯端末である。
 ドラゴンのように手や指が大きくとも使い易い為、画面の大きめの機種は特に重宝されていた。
 嫌な汗を掻きつつ画面を見ると、発信者は友人である牧 真華里(まき まかり)。
 だが、本日を含めて今は大型連休。
 
 そんな中彼女は特に誰と会う約束もなく久々に一人で部屋で文字通り羽根を伸ばして休暇を満喫しようと考えていた為、この時期に誰かから連絡を貰う等想定外だった。
 何にせよ鳴り続けるこの電話を放置は出来ない。
 そう考えると圭は通話ボタンを押して端末を耳に当てた。

 「――もしもし、私だ」

 『いよーぅ、ドラ子。元気かニャ? 可愛いニャンちゃんからデートのお誘いニャ』

 「人違いです」

 通話ボタンを切ると圭は脱力したようにグッタリとなった。
 
 只でさえ辛い腰痛なのだ。
 精神的にも辛いのにこれ以上余計な物が増えては余裕が無くなる。
 そう考えたが故の判断である。
 
 (取り敢えず、もう少しだけ待つか)

 痛みが多少でも引けば、その分行動も出来る。
 少なくとも調べ物をするのにタッチパネルの画面はあまり向かないと判断して、余裕が出来次第部屋にあるPCを点けて近隣の整骨院か整体をしているところ
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