学校帰りの友人との軽い挨拶。
メールの打ち切りに使われる恋人に向けた文面。
夜寝る前に交わされる親子の会話。
さよなら。
また明日、愛しているよ。
お休みなさい。
日常の中、溶け込んでいるそれらはどんな瞬間からも顔を覗かせる。
普段意識もしない『別れの挨拶』が溢れているにも関わらず、何故『別れが急なもの』と言われるのか。
勝手ながら、思うにそれは『覚悟が出来ていない時のもの』だからではないと自分は思うのだ。
持ち堪える。
受け入れる。
受け流す。
時間されあれば、人間はどんな準備だって出来る。
準備さえ出来れば、人間はおおよそどういった事態にも耐えられる。
耐えられるから明日を生きられる。
だから俺は――――
「そのご予算ですと、こちらの物件は如何でしょう?少し公共の交通機関からは離れてしまいますが、即日入居可能です」
――――絶賛、新居を模索中である。
事の始まりは至って唐突。
姉貴が魔物娘化してきたのだ。
姉貴は高校を卒業した後家計を助ける為、早々に就職をした。
本人曰く『どこにでもある取り立てて特徴のない会社に就職して失敗した』と言っていたが、『残業がなくても充分な給料が貰えるのが唯一の救い』とも言っていた。
普段と変わらぬ出社風景を見送って、帰ってきた後俺が見たのは夕飯のおかずを並べている心持ち若返っている母親と見知らぬ幼女であった。
「家間違えました」
思わず閉めてしまった後、数秒天井を仰ぎ表札を確認すると『大島』という字が書いている。
矢張り自宅で間違いない。
意を決して再度帰宅した俺を待ち構えていたのは、苦笑いを浮かべる母親と意地悪くニヤついている幼女であった。
普段と違う異様な光景に戸惑いつつも夕飯の席につくと、姉貴の席に当然のように座っている幼女が矢張り当然のように夕飯を突きながら甲高い声で語り出した。
曰く、幼女は姉貴――――大島 理香子(おおしま りかこ)本人であり取引先の営業担当からマッサージ店の割引券を貰ったので行ってみたら色々縮んでしまったらしい。
仕掛け人宜しく、姉貴同様にかなり縮んだその取引先の営業担当が『幼女化大成功!!』というプラカードを持って登場した彼女の顔を見た姉貴は、『その時は許すしかねぇわと思った』と語っていた。
大人状態だった営業の時とはうって変わって、悪戯が成功した時の子供独特のとても良い笑顔で現れた時は『嵌められた』というよりは『してやられた』という感情が強かったそうな。
彼女が渡した割引券は一時的に魔物娘化する【一日魔物体験コース】という内容らしく、本来心も体も無気力で疲れきった人々が、一時的とはいえ正に生まれ変わるお試しコースだ、と姉貴から説明をされた。
姉貴自身は心外だ、と言わんばかりの表情だったがこの時ほど鏡を見ろと思った事はない。
本人は誤魔化せているつもりだったのだろうが、目の奥が濁って生気も薄く声を掛けても上の空だった事も多くなった。
話を聞く限り、その取引先の営業は魔物だったのだろう。
見るに見兼ねて世話を焼いた、というところだろうか。
「一時的に、とはいえ生まれ変わったんだろ?どんな気分だ?」
「いや最高だわ。肩凝らないし腰痛くないし。……背が低いのは難点だけど」
元から薄かった胸を張りながら、姉貴がドヤ顔で答える。
ちなみに現在は座った時の足りない座高を補うべく、椅子にクッションを二つ重ねで敷いて座っていた。
それにしても見事に縮んだものだと感心する。
「それはそうと、よく姉貴に合う服があったよな。買ってきたのか?」
「小さい頃の服よ。アンタの分も取ってあるけど、見てみる?」
「物持ち良すぎだろ、オイ……」
横目に見ると、俺達のやり取りを微笑ましく見守る俺達の母親、大島 まゆ(おおしま まゆ)が懐かしそうにこちらを眺めていた。
…………そういや、なんで母さんまで若返ってんだ?
「なぁ姉貴、ちょっといいか?」
「んー?何、悪いけど筆下ろしはしないよ?こう見えて彼氏持ちだし」
「違ぇよ!というか彼氏居たのかよ初耳だぞ!?」
まぁ言ってないし、と浅漬けを口に放り込んで適当に答える合法ロリ。
腑抜けた顔でバリボリ噛み砕く様は、真面目に返答する気ゼロである。
「そうじゃなくてっ!姉貴が魔物化すんのはまだいいが、母さんに何したんだよ?というか明らかに何かしたろ……まさか」
「うんまぁ」
葱と豆腐だけのシンプルな味噌汁を少量啜ると、一息吐いて姉は口を開く。
「母さん、魔物化させちった
#9829;」
「なにやっとんじゃオノレはあああぁぁぁぁぁっ!!」
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