第十一話:後編 愛され男子の和解劇

 



 

 ホワイトデーとはそもそも何なのか。
 人間社会では『司祭によって2月14日に結ばれた身分違いの恋人が、その一ヵ月後改めて愛を誓った日』と言われている。
 しかし一般に問うてまず返ってくるのは、『バレンタインのお返し』だろう。
 2月14日に送られた愛の告白、ないしその想いを乗せたチョコレートを渡された時のお返しに、貰った物の三倍を贈るという男子の懐に誠に優しくないイベントである。
 とはいえ、魔王の影響力が高まり魔物娘が順調に市民権を獲得出来るようになってもやる事は変わらず、強いて挙げれば『2月14日にセックスした三倍のハードさでセックスする』という内容に置き換わりつつある為、懐への厳しさが股間への厳しさに変わっただけとも言える。

 インキュバスであれば何なくクリア、人間であっても頑張ればクリア可能な条件ではあるのだが本日はそのような淫習に一石投じてみようではないか、という男子高校生の発案から全てが始まったと言える。


 「ではこれより、『愛しているなら心も満たせ!ホワイトデーお返し作戦』を決行します」

 広めに作られたキッチンにはいくつかの材料と型紙、クッキングペーパー等が並んでいる。
 粉類はホットケーキミックスだが、バナナやチョコチップ等の通常の食品の他に、ホルスタウロスのミルクやねぶりの果実、お決まりの虜の果実等の魔界産食品類も用意されていた。
 
 「わー!パチパチパチパチ」
 
 俊哉が口火を切り、三郎太が乗る。
 一気にテンションを上げる中、豪はまだ死んだ目をしていた。

 「はは……ヤベえよホント。メフィルの奴、俺を犯る気だ……」

 キッチンの隅っこで膝を抱えながら震えるその姿は、さながら死刑執行に怯える虜囚のそれである。
 穏やかに慎ましく、しかし楽しく始まる筈のイベントに暗雲を齎す豪の陰り具合。
 流石に見ていられなくなったのか、再び三郎太が豪を諭す。

 「なぁー、豪。普段お世話になってんだから、ちょっと感謝の気持ちを見せてやろーぜ?きっとチビッ子達も喜ぶだろ?」

 同じ目線で幼子をあやす様に語り掛ける三郎太。
 しかし、豪の目に三郎太は映らない。
 床の一点を見続けたままうわ言繰り返す。

 「……待てっ!考え直せメフィル!俺が悪かったから、お前はロリじゃないから、な?落ち着いて話し合おう、な?」

 「……おーい、帰ってこーい」

 三郎太が目の前で手の平を振っても豪は一向に反応しなかった。
 
 「止めてくれ、メフィル……!入る訳が無い、入れちゃいけないんだ……あ」

 急に立ち上がると、豪は天を睨んだまま頭を抱えて声を張り上げた。

 「ああああああああっ!!!俺は、ロリじゃねええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」

 肺の空気を全て使い切るが如き咆哮。
 魂の奥底から放たれたであろう雄叫びを後に、豪は俊哉に掴み掛かった。

 「俊哉っ!俺のムスコってまだ無事だよな!?俺、まだ大人の階段上ってないよな!?」

 「君に身に覚えが無いのならそうじゃないかな」

 大きく前後に揺すられながらも律儀に答える俊哉。
 半ば錯乱状態の豪は、それすらも聞こえているか怪しかった。

 「メフィル、アイツが俺を狙ってる……!俺とジュニアを狙ってるんだ……!頼む、何とかしてくれえっ!!」

 「ご、豪、落ち着けよ。俊哉が喋りたくても、それじゃ無理だろ?」

 童話で虎を溶かしてバターを作った話もあるが、このままでは俊哉がそれに成りかねない。
 そう判断して三郎太は声を掛けた。
 三郎太の声で我に返ったのか、豪は掴んでいた手を離し俊哉から離れた。

 「……すまねぇ。俺、予想以上に動転してたようだわ…………でも」

 また腰から座り込み、豪は弱気なまま声を出す。
 小さく絞られるような声は、彼に残された時間のように儚げであった。

 「怖いんだ……いつも冗談で擦り寄って来る事はあっても、その時体型の話はした事なんてなかったんだ……アイツが、あんな顔するなんて、俺知らなくて…………」
 「助けてくれ……俺、あんな顔する奴に童貞捧げたく、ねぇ……」

 「いやあのな、豪?流石にそれは言い過ぎじゃ―――」

 「……ちょっと、任せてくれるか?サブ」

 豪の発言に流石に顔をしかめて正そうとする三郎太だが、それを俊哉は言葉で制する。
 何をするつもりなのか、と三郎太はいぶかしむが、俊哉は先程の三郎太同様に豪に目線を合わせて話し掛けた。
 
 「豪、それは逃げてるだけじゃないかい?」

 何の事か分からない、と言いたげに豪は俊哉を見た。
 俊哉の発言の真意を測りかねている状態である。

 「に、げ……?」

 「君は彼女に悪い事をしてしまったと、後悔しているんじゃないかい?彼女が怖いんじゃなく、『彼女が
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