第十話:悠なる時、夜に有り、俊明ける哉





 どこからか潮騒のような音が聞こえる。
 視界は暗く、何も映さない。
 触覚は肌を流れる感覚から、自分が今何かの液体の中に居る事を伝えてくる。
 だとしたら嗅覚が働かないのも納得だ。
 水の中で人間は呼吸出来ないのだから、きっと自分は息をしていないのだろう。
 空気と一緒に伝わるものなど、あろう筈が無い。
 それを言ったら味覚も同様である。
 少年は、今夢を見ていた。

 

 泡立つ音。
 ざぁ、ざぁ、と鳴り響く、潮騒のような音。
 母の胎内のような温い温度を感じながら、残る聴覚から伝わる音を拾い夢を見る。
 
 視界を閉じられたのはある意味で幸いだったかもしれない。
 鋭敏になった聴覚は、記憶の中とも現実の中ともつかない曖昧さの中で欲しい情報を拾ってくる。


 ―――何とか形になったな。もう少しだ。


 これは誰の声だったか。
 知っている人の筈だが、どうにも結びつかない。


 ―――漸く、か。長かったな……いや、これでも短い方か?


 人心地ついた声がする。
 何かをやりきったのか、声に含まれていた緊張が抜けたような感じだ。


 ―――長い、短いじゃないさ。成功するか失敗するかだったんだ。まぁ、僕等は賭けに勝った訳だけどね。


 あぁ、この声は聞き覚えがある。
 忘れようが無い声だ。
 今日も散々振り回してくれた片割れだったなぁ。
 何であの人はこう、落ち着かないのかな。


 ―――この子が、あの人ですか?


 また記憶に無い声。
 だが、この声は何と言うか。懐かしい感じがする。
 安心した、っていうのかな?これは。


 ―――うん。大分欠けちゃってたからもう別人だと思うけど。大事な『私達』の家族よ。


 ……頼むから、確り手綱を握ってて下さいよ。
 僕じゃ抑えきれないんですから、貴女が頼りなんですよ。


 ―――あれ、この子動いてない?指とか目蓋とか。


 これが精一杯なんですけどね。
 というか何で動けないんですか。
 

 ―――本当だ。凄いな、成功したとはいえ、ほぼ作り直しだぞ?神経系だって未発達なのに……。


 ……何か凄い状態だったみたいだな。
 でもさっきの話を総合すると良い兆候のようだ。
 順調に動けるようになってるのなら、焦る事もないか。

 
 ―――あ、治まった。疲れちゃったのかな?


 それもありますね。
 本当に動けないんですから。
 疲れましたし、寝てれば治るでしょうけどね。


 ―――急ぐ事はないさ。山は越えた。これからずっとこの子に掛かりっきりになるんだから、気長に付き合おうよ。


 振り回しまくるのは勘弁して下さいよ?
 僕は貴方とは違うんですから。
 普通の人間なんですよ。


 ―――でも、やっぱり今のうちに言っておきたいな。『おかえり』、今日からまた家族だよ。

 
 ……仕方ないですね。
 僕が成人するまでは付き合って上げますよ。
 だからその、嬉しそうな声を出すのは止めて――――――







 少年はコチ、コチという音で目を覚ます。
 時刻は定かではない。
 何処からか聞こえる自室の時計の音と、薄暗い周囲が既に朝から数時間経過した事を示していた。
 
 「夢……か?」
 
 見知った天井を眺め、起き上がろうとして少年―――俊哉は気付いた。
 上半身が動かない。
 少年に許された自由は首より上しかない状態だった。
 既視感を感じ首を右に回すと、そこには予想通り悠亜が居た。
 更に首を左に回すと、昨日と同じ有麗夜が寝息を立てていた。

 「これも、夢だったら良かったんだけどな……」

 いつかのように両腕を動かせない状況に溜息を吐きながら、俊哉は天井を見上げる。
 時計と寝息以外、物音一つしない世界の中で俊哉は口を開いた。

 「出てきていいですよ、父さん」

 「え、何でバレたし」

 ひょこっとベッドの縁から顔を覗かせ、小声で器用に驚きの声を上げる白ニンジャが現れる。
 気遣いに苦笑しながら、俊哉は続けた。

 「何となく、ですよ。てっきり母さん達に絞られたとばかり思ってましたが、元気そうで何よりです」

 「あー、うん。ガッツリ絞られた。話が賠償までいっちゃうとこだったけど、結果的には宣誓書書いて終わりだったよ」
 
 予想以上に軽い処分である。
 下手をしたら訴訟されかねないとすら考えていただけに、その温情措置には俊哉も驚いた。
 
 「随分と軽い措置ですね。東雲さんの口添えですか?」

 母―――春海と神社の関係者である東雲が知り合いだった事は知らされていたが、それだけで処分は軽くならないだろう。
 他に理由があるのなら、とカマを掛けた俊哉だったが白ニンジャ―――利秋は逆に驚いたようだった。

 「俊哉……本当は起きてたんじゃ
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