第九話:後編 酔い覚ましの逆転劇





 結果から言えば利秋の狙いは確りと当たっていた。
 ≪紅叫≫の自動防御が働けば視覚外から狙い打ち。
 自動防御をしなければ、途中で【むじん君】と入れ替わり知覚外から狙い打つ。
 
 正直どちらでも良かったのだ。
 後の先を取ろうとした段階で久が自分に敗北する事は利秋には分かりきっていた。
 だからこそ速やかに片付けてしまおうと全力で振り抜いた。
 魔物娘の居る神社の蔵で眠っていた神酒である。
 その保護の魔力の影響は瓶にまで及んでおり、例え破片が散る程に全力殴打したとしても致命打にはならない。
 
 その事は既に予想しており、実際【むじん君】達が久に吹き飛ばされた後に転がった瓶は割れていなかった。
 【むじん君】が抱えていた一升瓶の高さは人間で言う胸の位置。
 その位置から落ちた瓶が石畳に当たって割れていない筈が無い。
 最低罅が入るだろうが、どちらにせよ中身は存分に大地に還っていく訳である。
 それが無い様子から、予想は確信に変わり確信は全力で殴り掛かる自信へと変わった。

 (悪いね久。君さえ消えれば、もう僕を邪魔出来る者は居ない)

 全力で振り下ろすその酒瓶は狙い違わず久の頭部を捉えた。
 酒瓶は砕け、中のアルコールで久の髪は水を被ったように濡れる。
 冬の寒さが一際肌を刺す中、死ぬ程痛いであろう一撃を受ける久。
 だが、久は微動だにしなかった。

 「……オッケ〜イ」

 ボソリ、と本当に小さく呟く久。
 その異様な気配に寒気を感じ、一度距離を取ろうとする利秋だが体の自由が利かない事に気付く。
 よく見ると四肢に無数の紐状に分かれた≪紅叫≫が纏わりついていた。

 「オッケエーーーイッ!マイ・スウィート・ファミリーッ!!」

 「うおおおおぉぉぉっ?!」

 そのままカウボーイの投げ縄のように利秋を空中に放り振り回すと、地面へと叩きつける。
 瞬間、その地点から膨大な量の煙霧が舞い上がった。
 
 「あ……ぶなっ!おい久!今の、ガードしてなかったらかなりヤバかったぞっ!!」

 振り回された際に≪白楼≫に急速に付着した魔力を使って即席のクッションを作り難を逃れた利秋は、相棒の配慮の足らない仕打ちに腹を立てて抗議する。
 だが、久は全く意に介した様子は無かった。
 それどころか―――

 「フ、ハハハハハッ!娘に!妻に!『大好き』と言われたっ!!アァハハハハハハッ!!!」

 「お、おい。久?聞いてるか?……ていうかお前、髪の毛黒くなかったか?」

 舞台役者のように片手で顔を隠しながら、それでも笑いが抑えられないのか。
 金髪を振り乱し、紅い瞳を嬉しげに歪め狂ったように笑う久の姿は好き勝手していた利秋をして何も言えなくなる雰囲気を纏っている。
 利秋の声に耳を貸さず、壊れたように笑い続ける久。
 その姿に利秋も当たり所が悪かったのかと心配になってくる。
 久はひとしきり笑いきると、ニタリ、と嬉しげに利秋を見た。

 「利秋……私は娘に嫌われてなんていなかった。聞いたか?『大好き』だとさ。ハハハッ!私も!大好きだっ!!!ファハハハハハハハハッ!!!!」

 「そ、そうかい……良かったな……?」

 利秋は久の変わりぶりにすっかり呑まれてしまっていた。
 酔いは既に醒めてしまっている。
 離れたところでは張本人である真崎家一同が事態に着いて行けず唖然としていた。
 
 「お父さん、どうしちゃたんだろ?普段あんなんじゃなかったよね?」
 
 「私も今日初めて見るよ……お母様、何か知ってませんか?」

 「久さん……皆の前で大好きだなんて……フフ
#9829;」

 有麗夜の疑問は悠亜に流れ、エリスティアで塞き止められてしまった。
 だが、有麗夜の疑問に答える者が居た。
 春海である。

 「十中八九利秋さんのせいね。あれは」

 「え、分かるんですか!?春海さん」

 疑問に答える春海に対し、即座に声を掛ける有麗夜。
 彼女は今、酔い潰されたと思しき俊哉を姉と一緒に解放している最中だった。
 
 「えぇ。あれは最初の時と同じ、お酒に酔ってるからよ」
 「最初、久さんを撃沈した時を思い出して?酔ってたところに有麗夜ちゃんの『最低』発言で轟沈したでしょ。今度はそれの逆よ」

 「……つまり、精神的に裏表の無い素直な状態の中で寄せられた好意が、お父様をこの上なく高揚させたと?」

 「恐らくね。チャンポン飲まされたところからその状態だった筈。でも随分予想以上の結果になったわ。問題は―――」

 家族自慢をしつつ狂ったように笑いながら絶え間ない連撃を繰り出し続ける久と、その合間を縫っては【むじん君】で反撃する利秋を春海は眺めながら言い放つ。
 膠着どころか圧倒まで形勢を逆転出来たのは大きいが、今度は別の問題が浮上する。


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