第四話:年の瀬に響く鐘は無し

 

 夜も更け、部屋の中は薄暗く宵闇が満ちていた。
 部屋の寝台の上に、横になり脱力している黒い影がある。
 文明利器の暖房を利かせ毛布を頭まで被っている人影。
 夕食を辞退し自室に篭もり、当初の予定通り惰眠を貪っている存在。
 人影の名前は近江 俊哉。
 つい数時間前に慎ましい一仕事を終えたばかりの少年である。

 ―――少年は夢を見ていた。

 ある意味で正常な願望を。
 ある意味で荒唐無稽な状況を。
 ある意味で心の何処かで予想していた可能性を。

 夢という形で、少年は体験していた。
 
 何の事はない。
 ただ介抱して寝かせた筈の美人姉妹が既に明かりの消えた自室に忍び込み、自分の両隣で横になったという夢だ。
 おおよそ正常な男子であれば喜んでその夢を謳歌しようとするだろう。
 眠りから覚めたくない、と渇望すらするかもしれない。

 だが、どうでも良かった。
 今は只この目覚めている浅い意識のまま、泥のように眠っていたかった。
 夢でも何でも、自分の身の程は分かっているからだ。
 
 無愛想な表情。
 淡々とした冷たい声。
 どうしても何かに熱中出来ない性分を表した死んだような眼。

 この顔を鏡で見る度に、何故こんな風になったのだろうと疑問を抱かずには居られない。
 両親に愛されていないわけではない。
 どれが水準か分からないが、少なくとも人並みに愛されている自覚はある。
 ならば何故このように育ったのか。

 周囲の環境か。
 人間関係の蓄積か。
 それとも矢張り―――自分自身の特性そのものなのか。

 何度も自問し答えが出なかった。
 変えようと思い周囲を見るが自分と真逆の性質を持つものばかりで模範と呼べる存在が圧倒的に不足していた。
 唐突に変えれば無理が生じる。
 無理が生じれば齟齬が生まれる。
 齟齬が生まれれば、変えたと思った地金が見えてしまう。
 地金が見えてしまえば、所詮自分は変わらないのだと理解してしまう。

 だから目を逸らした。
 今のまま友人を作っていき、それで自分が変われるのならそれで良い。
 変われなければこの先何をやっても変わらないだろう。
 見切りをつけて残りの人生を人間として消化しきれる。
 そう考える事にして問題を先延ばしにした。

 入学当初はまだ期待が持てた。
 この学校は魔物娘が多く、もしかしたら学生に一番多い『恋愛』を体験して変われるのかもしれないと思った。
 事実自分の目から見ても『綺麗』や『可愛い』と評せる存在は視界に必ずといっていい程映ってきた。

 だがそれでも、そこまで止まりだった。

 女学生や女教師の魅惑的な肢体を目の当たりにしても、胸が高まる事もない。
 友人が彼女が出来た、という報告をしても軽く祝福した位で羨ましいとは感じない。
 予定を唐突にキャンセルされても『なら仕方ないな』と諦められる。

 このような生活を半年ほど過ごして、漸く自分が人間―――いや雄として欠陥品だったのだと理解した。

 その事実を理解した時、最早景色が平坦な色のついていない書き割りにしか見えなくなった。
 このまま学生生活を過ごし、卒業して人の流れに乗って消えていこう。
 そう考えて過ごしていたある日。
 珍しく母親が弁当を作るのを忘れた為、昼休みは学食で済まそうと考えて階段の踊り場まで来たところで悲鳴が聞こえた。

 ―――あ、あわ、わ、わ、わ、ああぁぁ!

 つい上を見ると何やら黒い塊が降ってきており、それは自分にぶつかりそうだった。
 避ける間など無い。
 そう考えてその物体を受け止める事にしたのだが、その判断は正しかったようだ。
 腕にすっぽりと収まる金髪の少女が一人、ほぼ密着した状態で呆然としていた。

 ―――あ、あのありがとう、ございます……

 呆けている赤い瞳は、今しがた自分に起こった事故とそれが回避された状況を整理するので一杯そうだった。
 そこで気付く。
 金と赤。

 色が、見えている。

 その事実を認識した時、本当に微かに、胸が高鳴った気がした。
 この少女に特に外傷はなさそうだ。
 仮に痛みが走っても周囲の友人や知人が何とかしてくれるだろう。
 そう判断し少女を立たせると、当初の予定通り学食へと向かう。
 道中の人並みは、薄っすらと色彩を取り戻していた。
 諦めていた期待が僅かに首をもたげる。

 変われるのかもしれない、と。




 
 少年は自然と目を開いた。
 徐々に覚醒する意識は暖かいという感覚を取り戻し、同時に柔らかく感触と甘い匂いも脳に届けるに至った。
 取り戻した意識は最初に【息苦しい】と感じ、同時に【狭い】という認識を齎した。
 【暖かく】【柔らかく】【甘い匂いで】【息苦しく】【狭い】という状況。
 
 首を右に回すと寝息を立てい
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