3話:うっかり亡者の悲喜こもごも(中編)

※本編には若干の独自解釈/独自設定が含まれます。
 ツッコミどころもありますが、ご容赦頂ければ幸いです。









「何だ!何なんだよ一体!?」
 
 背に女子トイレのドアが閉まる音を受けながら全力疾走する。
 返答を期待した訳ではない。寧ろ返答されない方が良い。
 毒づきながら暫く全力で廊下を走って、途中で後ろを振り向く。
 止まった廊下は月明かりに照らされて、俺以外の何者も映さなかった。

 「気の…せい、か?」

 月光の差し込む廊下の窓辺には俺しか居ない。
 走り抜けてきた暗闇から開放され、闇を切り取る白い光で覆われた世界に安堵する。
 さながら聖域のように暗闇を通さぬこの場所は、俺と同じ闇から抜け出そうとする者を容赦なく暴き出すだろう。
 視線の先は極僅かな空間の闇。
 其処から抜け出そうとするものは、見当たらない。

 「…そうだよな、ある訳ない!」

 わざと大きな声を出して自分の気持ちを持ち上げる。
 ホラー映画なら此処で幽霊なり化け物なりが居るんだろうが、走ってきた先の廊下からは何も出てこない。
 完全に見間違えか勘違いだろう。
 念の為何時の間にか切れていた懐中電灯を勢い良く振り回して振り返る。
 振る位置は自分の腹くらいのところだ。
 誰かが居ても『物音がしたので吃驚した』とでも言えばいいだろう。
 仮に当たったとしてもその距離は明らかに害意があると思われても仕方ない位置だ。
 当たって怯んだらそのまま打ちのめすか逃げるかすればいい。

 空振る。
 何も居ないのだから当然といえば当然の結果だった。
 このまま中央階段を目指せばいい。
 そして下りて帰る。
 だが、更に念の為同じようにして後ろを振り返る。
 当然、佇むのは暗闇のみ。他に何もない。
 
 和夫に乗せられる形となったが、気分転換とは言い得て妙だ。
 確かに普段とは違う空気を感じられたし、新鮮だった。
 明日からまた頑張るとしよう。
 そう思い振り返ると、中央の階段付近で誰かが佇んでいた。
 あぁ、そうか。和夫が居たんだったな。

 「おい、和夫。居たんなら声くらい掛けろよ。吃驚するだろうが」

 懐中電灯を点けながら人影に寄っていく。
 途端、すぐに懐中電灯の光が消えた。

 「あれ?接触悪いか?」

 何度か叩くが反応が無い。もしかしたら電池が切れたかもしれない。
 和夫も同じなのか、棒立ちのまま動こうとしない。

 「お前もかよ…。100均で買ったのか?コレ」

 懐中電灯を顔の高さまで上げて振りながら、心持ち足を速める。
 和夫も居たたまれないのか俯いたまま無言だった。

 月光で照らされた廊下を歩く。
 光が差し込んでいる空間から抜け出るのは抵抗があったが、何時までもこうしては居られない。
 俺達は帰らなくてはならないのだ。

 「でも雰囲気あったよなー。気分転換には悪くなかったよ。ありがとうな」

 この時ほど友人が有り難いと思った事はない。
 心細い時に支えてくれる親しい人が居るのは、矢張り良い事なのだ。
 和夫は微動だにしない。黙ってこちらが話し掛けているのを聞いている。

 「さあ、さっさと帰ろうぜ?そういや此処からだとお前の車って何処に有るか見えるのかな?」

 和夫も早くこんな辛気臭いところから帰りたいだろう。
 努めて明るく声を掛けると同時に月光の差し込む窓を見る。
 校庭を一望出来る其処は、暗くて分からないかもしれないと思いながら眺めたところ和夫と乗ってきた車を簡単に見つける事が出来た。
 どうも、暗闇に目が慣れてきたようだ。
 車に寄っていく人影が見える。和夫である。

 「……え?」

 懐中電灯は問題なく点いているようで、和夫の動きに合わせて中々光の当たる位置が安定しない。
 和夫は親しげに何かを隣の空間に語り掛けていた。
 だが、闇に慣れた目には其処に誰も居ないようにしか見えない。
 若干興奮しているのか、熱心に語り掛けているようだが歩いているのはアイツ一人である。

 校庭から目を離して中央階段付近に居る人影に振り返る。
 人影は肩の位置まで右手を上げると、手招きしていた。
 俯いたまま、ゆっくりと。

 
 闇に薄い光を放ったままダラリと脱力をして佇むその姿は、先程俺を誘ったどの少女とも異なっていた。

 
 「和夫…の知り合い、だよな…?」

 肯定も否定も無い。
 手招きは変わらず、人影は未だぼんやりとしたまま佇んでいる。
 思わず体重が後ろに掛かる。
 知らず、俺は人影を正面に据えたまま何時でも逃げ出せるように少しずつ後ずさっていた。
 
 「い、いや。知り合いでなくてもいいんだ…。俺、友達を待たせてるから帰らないといけないんだ…」

 手招きは止まない。
 だが、変化はあった。
 俯いていた
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