某県某所。
既に夏の暑さも過去のものとなった時期、此処にはとある物件がある。
墓所に隣接した土地。
かつて学童が通っていたと思しき廃れた学び舎。
既に寂れて久しい、中世と現代の合いの子のような人の息遣いを感じさせない住宅街。
そこから切り取られたような狭い区画に一つのアパートが存在する。
かつて不死の領主が恋慕を寄せる異性を手に入れる為、あの手この手ででっち上げた仮初めのアパート。
既に建物名は無く、一戸建てとして登録し直されたそこは大幅な改築を加えられ最早アパートとしての要素は外観しか無くなっていた。
「ふふ♪買い物終了ですわ」
空間が歪んだかと思うと、突如買い物袋を提げた妙齢の女性が現れる。
黒曜石のように輝く黒髪。抜けるように白い肌。
ベージュ色の厚手のワンピースに赤いチェックのストールを重ねた糸目の女性。
彼女の名はミレニア・ヴォルドール。
戸籍名は仲沢 千代(なかざわ ちよ)として籍を入れている。
かつての不死の国の領主であり、領主としての最後の仕事を終えて妹夫婦にその役割を譲ってからは周囲の面積に対してあまりにも慎ましやかなこの土地に、今は愛する伴侶と二人だけの小さな城を得て日々を過ごす。
それが彼女の現状である。
全身が空間から抜け出ると、背後ではその歪みが消えていった。
「公人さんはお部屋に居るかしら?」
外観上アパートと言えど中身は普通の少し広い二階建ての一軒家である。
元管理人室の玄関から居間へ抜け、食材を冷蔵庫に入れる為進む。
本日彼女の旦那様である仲沢 公人(なかざわ きみひと)は、彼女と二人だけのハロウィンを過ごす為余暇を自宅で過ごしていた。
普段なら朝から晩まで寝台の上で愛を交わす彼等だが本日はイベントの為自粛しようという運びとなったのだ。
だが、空間移動を行っている彼女の様子から見るとイベント後の夜の営みも期待しているようである。
ちなみに公人は彼女が買い物中に家の掃除と雑草の草刈をしていた。
「公人さーん♪お夕飯の材料と、午後のお茶請けにまかいもパイも買ってきましたわー。お茶にしましょうー?」
奥の書斎を見る。居ない。
二階に上がり、寝室を見る。居ない。
公人の自室を見る。居ない。
まさかと思い自室を見るが、何処にも居ない。
公人とミレニアは基本的に寝室が一緒である。
唯、夫が趣味のものに干渉されるのに抵抗を示したので夫の自室と妻の自室が分かれているのである。
無論、どちらにも寝台はある為その場の空気によってはそのままどちらの部屋といわず睦事に雪崩れ込む事もある為、あまり部屋分けする意味は無いのだがそこは夫として譲れないラインらしい。
あまりの反応の無さに少し不安になる。
意識を失っていたら?
何かトラブルに巻き込まれていたら?
可能性は低いが、どこかの魔物娘に攫われてたら?
急いで探知系の魔法を展開する。
何かしらトラブルがあっても自分であれば何とかなるだろう。
此処には以前結界維持の為【吸収】【増幅】【効果維持】の魔法陣を設置している。
土地の魔力を集中して扱う事が出来る為、吸収した魔力は現在魔力で動く生活機器の動力源としても活用している。
その【吸収】に割り込みを掛けて自分の魔力にすれば速やかに魔力の補給を行い空間転移等の大魔法を使う事も容易である。
最悪病院に直接転移する事も考慮していたが、一階に彼らしき反応が現れた。
浴場である。
どうやら汗を流しているようだった。
「あら♪グッドタイミングでしたわ」
無事だったのが分かって気が緩んだのか、自室で着衣と容姿の乱れが無いか確認しゆっくりと下りていく。
目指すは本丸。浴場である。
下りながら背中を流そうかなぁ、とか寧ろ一緒に入ろうかなぁ、とかいっその事そのまま押し倒しちゃおうかなぁ、うふふ等と妄想に浸りながらも浴場前に着く。
無論、一応の断りを入れるのは忘れない。
「公人さん、ただいま戻りましたわ。汗を流されているのでしたらお手伝い致しますけど、如何かしら?」
もっと汗が流れるかもしれませんけどね、とは言わない。
先程は迷ったものの、やはり夫第一なのである。
判断は夫に任せたい。
「?公人さん?」
「ぅ…あぁ…くっ…」
呻くような声が聞こえる。
苦しそうな声と思ったがそうでもない。どちらかといえば切羽詰っているようだった。
何事かと思っていると水に流しきれない精の匂いに気付く。
―――自慰をしている。
その事実に気付いた瞬間、彼女の額に青筋が浮かんだ。
ナニをしていようと関係ない。
勢いよく扉を開くのは淑女にあるまじき行為であるが、不貞を働く夫には適用されまい。
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