パイロゥちゃんのペットになる話

最近、電車に乗るとよく視線を感じるが、そのたびにあたしは言いようのない不安に襲われる。
なにか顔についていただろうか?髪型がセットしきれていなかっただろうか?このままで好きな男の前に出られるだろうか?
手鏡を出すのもなんだか気恥ずかしい。視線を窓にやって自分の姿を確認する。
髪型。ふわりと柔らかく整えたショートボブ。根元は黒だがすぐに金色に変わっている。これが地毛だ。
顔。母さんが教えてくれた秘伝お化粧法だ。そう簡単に崩れるはずはない。
服装。白いシャツに指定の紺ブレザー、同色のスカートを極限まで着崩してあたしの身体を惜しみなくさらしてる。個人的にはショートパンツを穿きたいところだ。
……問題ない。脳内でデフォルメされた人虎が人差し指を指す。髪型もしっかりセットされているし、顔に何かついているわけでもない。
それに母さんもお姉ちゃんもきれいだと言ってくれている。お父さんは言ってくれない。母さんのほうがきれいだと言う。まあそれはいい。
ぐるりと車内を見渡す。これまでも視線の主を探さなかったわけではないが、今日の電車は空いている。きっと見つけやすいだろう。
壁に手をついて後背位で性交をしているサキュバス。疲れからか座席でとろけてしまったスライム。ビジネス書を読んでいるアマゾネス。
祝日だというのに仕事なのだろうか、大人は大変だ。
そういうあたしも補習なのだが……。パートナーを用意しなかったので淫技実習の単位を落としてしまったのだ。ちぇ。
視界の端で男が文庫本に目を伏せる。擦り切れそうなほど着古した垢抜けない古着、ぼさついて整えたことなどないかのような黒髪の、いかにもダメそうな男の人だ。
見切り品のかごのなかで惨めそうに変色したキャベツのようだった。
その耳がほんのりと赤く染まっている。あたしの脳を直感が貫く。あいつだ。
あたしはその文庫本男に声をかけようとしたが、列車が急停車。
つんのめって近くで性交していた男にぶつかった。
「うあ……っ!あっ……、っああ……」
「あぁん……っ!あっつうい……っ!」
「わっ。ごめんなさい!鞄、引っかかってしまって」
「い、いえ、大丈夫です。こちらこそ、ごめんなさいね」
彼のペニスがより深く挿入されてサキュバスが嬌声をあげ、男の腰が震えた。結合部からは白濁の粘体がどろりと垂れ、床を汚す。
あたしたちがが謝罪合戦を繰り広げているうちに文庫本男は降車してしまった。まあいい。チャンスはこれからもある。
彼が座っていた座席に座った。あたしのスカート越しのお尻や剥き出しの尻尾に彼のぬくもりが伝わる。
すんすんと鼻から息を吸うと彼の残り香だろうか、少し汗のようなにおいがあたしの肺を満たす。
脳裏に浮かぶのは彼が読んでいた小説。
あれは少し前に読んだことがあった。真面目な男性が若く美しい少女に貢ぎ続け、人生をささげてしまう……というものだ。
美しい物語であたしは結構好きだ。読書感想文をこれで書いて発表したところ、先生は頭を抱えていたが。
「よお。なんかいいことあったのか?」
ぼんやりと考えごとをしていると、となりの席にどかりと男の子が座った。
頭の半分は丸刈りにしているが、残りの半分は肩まで伸ばした長髪。左耳につけた、蛇型のピアスがよく似合っている。
彼は学校でも一番チャラチャラしてる男友達だ。
「どう見えるの?あたし」
「そうだなぁ……」
自らの坊主頭を撫でながらあたしの顔を眺める。必然的にあたしも彼を見つめることになった。
筋肉質で大柄な肉体を持つ奇妙な髪型の男の子。その顔はよく見るとどことなく愛嬌がある。
「いつもよりも可愛いな。口説きたいところだが……、なんていえば喜んでくれるんだ?君は」
彼はウインク、のつもりで両目をつぶった。
彼女にしたくて練習していたようだが、その成果は出ていない。
あたしはくすりと笑う。ウインクの他にもジョークの練習が必要そうだ。
「あたし口説いたってどーにもなんないよ。またひいひい言わされるんじゃない?」
「ここならバレないだろ。あいつ電車乗らないし」
あたしはポケットからケータイを取り出して画面を見た。そこには短文が表示されている。
『わたしの彼氏はバカなのかしら?』
あーあ。

夕方、あたしは文庫本男が降りた駅の中、設置されたベンチに座っていた。
隣では小さい男の子とアリスだろうか?かわいらしい二人が手をつないで電車を待っている。
ケータイの通知がうるさいのでマナーモードにする。画面には目まぐるしい速度であたしにメッセージが表示されては消えていく。
画面を見ないでフリック入力しているのか、誤字が多い。
『あうけて』
『おわれてふ』
『ともの』
『あ』
『わたしのバカが悪かったわね。確保したわ』
逃げられるわけがないのだ。
建物の外で鉄と鉄のこすれる音が響き、ドアが開く音がす
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