とある人間の兵士は言った。
「術が嵌れば、魔王だって倒せるのでは?」
とある魔物の兵士は言った。
「神も悪魔も怖くないけど、この魔法だけは怖い」
全ての元凶は言った。
「ぎっくり腰が原因で戦争? ふざけてるのか?」
これは魔物から恐れられた人間に関わる物語である。
「お願いしますから、どうぞ命だけは・・・」
目の前には這いつくばって震えあがる魔物。
そこには純粋な恐怖だけが浮かんでいる。
「取らねえよ。分かったら帰ってくれ」
「有難うございます!」
魔物が文字通り飛んで逃げ帰ると、大歓声が
周囲を満たした。
「「「賢者様万歳! 我らが神に栄光有れ!!」」」
勝鬨を上げる人間達。その中心には渋い顔を浮かべる
祈祷師らしき男の姿が有った。
「やっぱり彼をどうにかしないと無理」
同じように渋い顔を浮かべるは、敵として来た軍師。
眼下には腰を抑えて蹲る無数の魔物が呻いている。
「もうさ、スライムとか腰の無い魔物で襲えば?
これ以上は無茶無理無謀だって」
遠目で男を見ながら魔界銃士が語り掛ける。
「おつむが足りな過ぎて無理。近づく前に
他の兵に囲まれて袋叩きにされたし」
魔界軍師は泣きそうな目をして頭を抱えた。
「流石はレスカティエの七姫すら負けを認める御方。
そう簡単には手に入らないか」
物欲しそうな眼をしながら指を咥える魔界戦士。
その言葉には畏怖と敬意が混ざっていた。
「ゑ、その話、本当ですか?」
真新しい従軍記者の腕章を吊るしたラタトスクは、
思いがけないネタとの遭遇に喰い付いた。
「ああ・・・後にも先にも、全員を相手取って
人間のままで居られたのは、あの男だけだからな」
「どんな化け物ですか、あの人は」
人間の兵に囲まれながら去りゆく男を見送りながら
記者は話を促した。
「只の人間だよ。戦士の様な膂力は無いし、魔道士の
ように幾多の魔法は使えない。頭の方も平々凡々。
強いて言えば土弄りが好きな奴だったよ」
懐かしげな表情を浮かべながら、楽しそうに呟く
魔界騎士。されど視線は物悲しげであった。
「もしかして、お知り合いで?」
「まぁね。元々は同じ所で暮らしてたからね。周りが
考えてるような奴じゃ無い事は良く知ってるよ」
兵士達が渡り終えるや否や、跳ね橋が巻き取られた。
ここから男の姿はもう見えない。それでも名残惜しく
戦士の視線は橋を向いたままだった。
「お前、そう言う事は早く言えよ。どんだけ
犠牲者が出てると思ってるんだよ」
自身も腰を抑えながら魔界戦士が不満げに呟く。
「そりゃ、今まで何度も進言はしたよ? 尤も、上は
頭に血が上って碌に話を聞いてくれなかったけど、
ようやく頭が冷えたみたいだね」
その手には一枚の手紙が握られていた。
「これ、デルエラ様の魔力を感じるんだけど」
「そうさ、ここまで被害が出てくれたおかげで
上奏文が通ったの。君達には感謝してるよ」
恍惚とした表情で差し出された手紙。軍師がそれを
広げると、簡潔な文章で指示が記されていた。
『魔界氷華騎士団所属 魔界騎士ディートリンデ
払暁を以って以上の者に指揮権を譲渡する事とする。
魔界第四王女デルエラ』
「何はともあれ、指示書は本物。分かったら指示に
従って貰うよ。さっさと帰って夫に会いたいし」
周りの視線をよそに、魔界騎士は夫に会える
期待で胸を膨らませ始めるのであった。
「な〜んでこんな騒ぎになっちまったかねぇ・・・」
生垣の向こうを覗けば、遠巻きに村を囲む魔物達。
耳を澄ませば苦悶に喘ぐ声が飛び交っている。
「いやぁ、効果覿面ですなぁ。おかげでやっと良い酒が
作れそうで助かっとりますわ」
籠を背負い、てきぱきと鋏で葡萄を摘み取る農夫が
祈祷師に礼を述べた。
「いつもなら虫が畑に押し寄せて荒らすんだども、
向こうに一匹残らず平らげられて安心でさぁ」
風に乗って漂う香ばしい匂い。それは農家の天敵
魔界甲殻虫が焼かれる香りであった。兵糧として
魔物達が食べている様子が遠目でも見える。
「ほれ、賢者様も一杯引っ掛けてくだせぇ」
「別に賢者なんて大層なもんじゃないんだけどなぁ」
苦笑いを浮かべながら祈祷師は瓶を受け取った。
「最初は畑に獣避けを仕掛けた。効き目が出たんで
やり方を広めた。それがいつの間にやら魔物の天敵。
どうしてこうなっちまったんだか」
ラッパ飲みで酒を呷りながら空を見遣れば、
たちまち魔物が雲の中へと逃げ惑う。
理由は知らんが随分と嫌われたものだ。
「今までに一度だって魔物に喧嘩を売った事は無いし、
そもそも死ぬような御呪いじゃないんだけどな
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