「ん……」
まだ日も登っていない早朝の薄暗闇の中、私は寝室に置かれた二人用サイズのベッドの上で目を覚ました。
よくよく自分の「妻」兼「使用人」という立場を考えてみれば、これはあまりよろしくないことなのかもしれない。当然ながら、愛すべきご主人様が目覚めるまでに朝の家事をこなし、最高の目覚めを提供する準備がある自分の起床時間と、彼のそれにはあまりにも差があるのだから。
――でも、この幸せそうな寝顔を、目覚めと共に見ることができる。それは私を動かす大切な原動力の一つだ。
この寝顔を、もっと幸せなものにしてあげたい。いや、私がしてみせる。毎朝繰り返しても褪せる事のない、誓いの儀式。
その気持ちは今日も変わらない事を確認して、心の中で呟いた。
おはようございます、ご主人様。
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ご主人様を起こさないように寝室から出た私は、まず別室で自分の外見を整えます。
こんなに早く起きるのは、主にこの時間を確保するため。どんなにサービスが完璧だったとしても、それに身だしなみが整っていなければ意味を為さないのが、ご奉仕というものなのです。
それに、どうせご主人様に見て頂くのならば、常に最高の状態の私をご覧になって欲しいですからね。うふふ。
顔を濡れタオルで拭き、串とブラシを使って頭のてっぺんから尻尾の先まで全身の毛を整えます。これはとっても大事です。髪型や毛づくろいがひとつが違うだけで、その人物に対する印象はガラッと変わってしまうのですから。
並行しながら、顔に様々な表情を次々と作る事によって表情筋を起こします。ご主人様が目覚めて最初に見る私の顔が、強ばっていたら失礼ですからね。また、口輪筋はご主人様をお起こしするのに重要な筋肉ですので、その準備運動も兼ねています。
……しかし、鏡の中に映るそんな自分の姿はちょっとお間抜けです。人にはあまり見られたくない姿ですね。
毛並みが整ったら、前日のうちにアイロンかけをしておいたエプロンドレスに袖を通し、軽くお化粧。あくまで添える程度です。ちょっと細部を誤魔化すだけです。
最後に、鏡の前で最終確認。うん、いつもの私の完成です。
身だしなみを整え終わった後は、食事の準備。
魔術で竈に火を灯し、鍋とフライパンをセットします。私は魔術がそこまで使える訳ではありませんが、家事に関するものは大抵マスターしているのです。
今日の朝食はパンとベーコンエッグ、サラダにホルスタウロスのホットミルク。ごく一般的なメニューですね。ついでに、ご主人様が職場で小腹が空いた時に食べる用の、サンドイッチも作ってしまいましょう。
パンは昨日私が愛情込めて焼いたそれを温め直したもの。それ以外の食材は、友人のホルスタウロス夫婦の牧場にお手伝いに行って分けて貰ったものです。彼女の所の農作物は、街の料理屋や宿屋でも非常に評判が良く、実際とても美味しいのです。
あ、もちろん彼女のミルクも絶品ですよ。友人とはいえ、他人の母乳をご主人様に飲ませるのは、ほんのちょっとだけ嫉妬してしまいますが……。
フライパンの中で固まってゆく卵を横目で確認しながら、さくっ、さくっと小気味いい音を立てて野菜をカットしてゆきます。
たとえ、それが簡単なものであったとしても、並行して料理を仕上げてゆくのは楽しいものです。何だか自分かとてもデキる魔物娘になったような気がしますよね。
あ、いえ、実際に私はデキるキキーモラなんですけども。ええ。
丁度ベーコンエッグとサラダが同時に出来上がりました。ミルクも温まりましたね。
フライパンとお鍋を火から下ろし、必要分をお皿に盛り付けてミルクをコップに注ぎます。
今度はパンとハムを温めます。香ばしい焼き色が付き始めたら、火から下ろしてそれぞれスライス。
朝食分のパンをお皿に盛り付けたら、残りを手早くサンドイッチにしてバケットに詰めて……
はい、美味しそうな朝食と、軽食の完成ですね。
でも、この子達がご主人様のお口に入るまでにはもう少し時間がかかるので、ひとまず保存の魔術をかけて、作りたての状態を維持しておきます。
ええ、サンドイッチだけではなくて、朝食の方もです。
今から起こしに行く私のご主人様は、とっても寝ぼすけさんですから。
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再び寝室です。
私が朝の準備をしている間に、カーテンの間から明かりが差し込み始める時間になっていました。
ご主人様に最大限の睡眠時間を確保しつつ、朝を忙しく過ごさせない、ちょうどいいタイミング。我ながら完璧なタイムキーパーっぷりです。
一通り自画自賛してから、ベッドの上のご主人様にかかっている布団を剥がしてしまいます。
そして現れたご主人様の体は、裸です。昨晩も遅くまで愛して頂いていたので、当然です
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