「まぁまぁ、皆さまようこそおいで下さいました」
「うむ、今回はしばらく世話になるぞ」
アゼレア達一同が訪れているのは、かつて行綱の初陣の褒美として訪れた温泉街の旅館。
前回に続いて、魔王軍全体にも勇名が届くような戦いを制した部下達への慰労旅行。女将である弥生は今回の一行の滞在目的をそう聞いている。
だが、一行の様子が前回とは異なる事は火を見るよりも明らかだった。
「…………
#9829;」
紅一点ならぬ白一点。唯一の男を魔物達が囲うようにしなだれかかり、少し困ったような表情の彼の身体へ愛おしそうに腕を絡ませているのだ。
弥生はその様子に嬉しそうに微笑んだ。この宿を訪れた客がこうして結ばれている姿を見るのは、彼女にとって何よりの喜びでもある。
何より、彼女達はこれから連泊するのだ。きっと素敵な嬌声が溢れる滞在期間を過ごして貰わなければならない。
「あら、そちらの方は……」
「ふふ、お初お目にかかります」
それにどうやら、前回には見覚えのない魔物の姿も増えている。見た目に寄らず、彼は随分な女泣かせらしい。……もっとも彼女達のお熱っぷりから、主に流している涙は布団の上での歓喜の涙なのだろうが。
一人は、男と同じく火の国の出身らしき狐憑き。巫女装束を纏っている事からして、どこかの神社で自分と同じ稲荷に仕えていたのだろうか。
そして、もう一人は。
「…………」
男の身体の陰に隠れるように身を寄せ、その服の袖を握っている――美少年と見紛うような中性的な顔立ちをした、金髪碧眼のサキュバスだった。
――――――――――――――――――――
「皆、本当にご苦労であった」
――時は先の戦いの決着直後にまで遡る。
魔王城へと戻ったクロエ達は、いつものようにアゼレアの司令室へと集められていた。
「今回の働きで皆には後日、勲章と特別報酬が授与されるとの事じゃ」
「……はい。ありがとうございます」
いつもならばそんなアゼレアの言葉にノリ良くはしゃぎ始めているであろう彼女達。だが、今日はどこか上の空といった反応だ。
それを伝えるアゼレアも、どこかちらちらと視線が泳いでいて……有り体に言えば、ここにいる全員が気になって仕方がない事があった。
だから、代表してアゼレアが口を開いた。
「……なぜ、お前がここにいるのじゃ……?」
行綱の服の袖を握り傍に立っているのは、その先の戦いで行綱が打ち倒した筈の張本人。クレイグと名乗ったあの勇者の少年。
いや――少年、というのはもう正しくない。
魔物化しているからだ。
アルプ。
男性の人間が例外的にサキュバスへと変化するという、とても珍しい魔物娘に。
勝利を納めた直後の行綱に飛びつき、興奮のままにその鎧をはぎ取り始めていたクロエ達の傍に、この元少年はいつの間にかこの姿で立っていたのだ。
当然ながら、一同は心臓が止まるかと思うほど驚いた。
「…………」
返事はない。
行綱の袖をぎゅっと強く握り直し、その身体の陰に隠れる彼女にアゼレアはううむと眉根を寄せた。
ちなみに、なぜ彼女達がそんな状況になるまでこの元少年の動向を許してしまっているかと言えば、単純な腕力ではにここにいる総がかりでも彼女に敵わないからである。次点で試したミリアの転移魔法も、案の定というか何というか一目で習得されて戻ってきてしまった為、本格的に引き離す手段が存在しないのだ。
恐らく危険はないというアゼレアと行綱の直感により、そのまま行綱にくっついてここまで来てしまったのだが。
そして実を言ってしまえば、なぜこの元少年が行綱の傍を離れないのか、魔物達は既に皆分かっている。
「……そう隠れるでない。妾ももう、ここから無理に追い出そうとはしておらん」
「…………!」
そんなアゼレアの言葉に、微かに彼女の表情化から不安が和らいだように見えた。
本来は女性からしか変化しない筈の魔物化が男性から発生する原因は二つ。
元から女性へと変化する事に強い憧れを持っているか、特定の同性へ執念とも言える程の強い情愛を抱いているかのどちらかだ。
この元少年が前者であったとは考えにくい。何せ自身から生えている羽や尻尾、角を不思議そうに触ることはあっても、女性の身体になっている事に対して喜ぶどころか、戸惑っている様子すらほとんど見受けられないのだ。性差というものもよく理解できていないのかもしれない。
ならば彼女は、行綱の事が好きなのだ。
「じゃが、せめて理由を効かせてはくれぬか。お主と行綱は、戦場で二度ばかり立ち会ったばかりの仲であろう?」
「…………そ、の」
クレイグはたどたどしく口を開いた。
「初めて、壊せなかった、から……」
殺さないように。でも抵抗できないように、あんなに痛めつけたのに。
あまつさえそのうえで自分に反撃し、
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