一線

「ふふ。愛人とは言っても、妾の国を作った暁にはしっかりと全員に側室の座を用意しよう。気兼ねなく手を出してやるが良い」

行綱は固まっていた。
視界の中では一様に好色的な笑みを浮かべた仲間たちが、自らの衣服に手を掛け、するするとはだけ始めている。
男の耳元で、アゼレアが囁いた。

「まさかここにいる皆がお前に想いを寄せておった事、全く気付いていなかった訳ではあるまい?」
「……は!?」
「………そうか、気づいておらなんだか……」

慌てて振り返る行綱に、アゼレアは呆れたような顔でため息をついた。
いや、そんなまさか。
確かに皆、とても良くしてくれると常々思ってはいたが……。

「マジで気付いてなかったぞコイツ……」
「えぇ……あんなに分かり易くアピールしてたのに……?」

衣服にかけている手を止め、じっとりとした目でほむらとクレアがひそひそと声を潜める。
ここまで来ると、むしろ自分達にとっても最初にアゼレアがこの男を堕としてくれて助かったのかもしれない。彼女がいなければ、いつまでもこのもどかしい千日手が続いていた可能性があったのだから。
気付けば他の仲間もひそひそと声を潜め合い、じっとりとした視線をこちらに向けている。

「……………」

まさか、本当なのか。
自分のあまりの鈍さと、じっとりとした視線に冷や汗を流す行綱。

「いや、その。全員と言うと、姉上まで……」

変わらず自分の身体に抱き着いたままの、紅白衣装の姉の姿。
微かに肩を震わせる彼女を心配そうに見下ろす男に、アゼレアは微笑んで言った。

「そうじゃな。では、舞から始めるとするか」
「え」
「――ユキちゃん」

何を、と聞き返す言葉を舞が遮る。
彼女が、顔を上げた。

「…………っ」

それは、彼の知っている姉の表情ではなかった。
先程まで仲間達が自分に向けていたような――否。その、誰よりもどろどろとした欲望が渦巻いた瞳。
淫らに緩められた艶めく唇から、祈るような囁き声が零れる。

「どうか、逃げないで下さいね……?」
「っ――!?」

ふっ、と。気付いた時には既に、彼女の唇が重ねられていた。
まるで彼や彼女が、戦場で敵との間合いを詰める時のように。

「ふ、っ、ん…………
#9829;」

一瞬身体を強張らせた行綱は、しかしそれを拒絶しなかった。
それは彼女の身体が、拒絶される事を恐れるように微かに震えていたからかもしれない。
あるいはアゼレアと交わった事により、知らずの内に人とは違う魔物の思考に行動が引っ張られ始めていたのかもしれない。
あるいは――彼女の唇の柔らかさと、初めて目にした彼女の妖しくも神秘的な美しい青色の狐火に、心を奪われていたのかもしれない。

「っ、……ふふ、キスだけで、イっちゃいました……
#9829;」

彼女の頬は、恥ずかしそうに、朱に染まっていた。

「……あね、うえ」
「ユキちゃん、私はあなたの事が、ずっと好きでした。……姉としてではなく、異性として、です」

茫然としたような青年にしなだれかかり、その頬に手を添えて舞が言う。
その背で、狐火の尻尾が陽炎のようにゆらゆらと揺れる。
魔物達と、狐憑きの夫のみが見る事の出来るそれが。
女の体重がかけられた男の身体が、ゆっくりとベッドに倒れてゆく。
男の後頭部が、柔らかな主の太腿に受け止められた。
アゼレアの表情を確認する間もなく、再び男の口が塞がれる。

「ん、ふ、っ…………
#9829;」

二人の舌が絡められる。
主とは違う味のする、唾液。舌。
吐息も、肌の感触も、香りも、肌を撫でる指先も――全て、彼女とは、違う感触。
そしてそのどれもがまた、男を魅了する魔性もの。
膝枕をした男の頭を撫でながら、アゼレアは口を開いた。

「さて。……聞くのが遅れたが、皆もそれで良かったかの?」
「はい。行綱さんを好きになった順番で言えば、舞さんが最初でしょうから……」
「それにこんな幸せそうなの、邪魔できないよねー」
「……うん。」

微笑ましげに姉弟の情事を見守るクロエとミリアに、ヴィントも頷く事で同意の意思を見せる。
だが、と経箱に魂を移した彼女は、冷静さを保った思考でアゼレアが舞を行綱の最初の相手に指名した理由を推測する。
それは単に舞の為でなく、半ばは行綱の為だ。
彼女は頑固過ぎる程に頑固な行綱が多数の魔物を囲う上で苦悩する事がないよう、その倫理観を魔物のそれで完全に上書きしようとしているのだ。
血を分けた肉親と一線を越えるという、儀式をもってして。
そしてその成功を示すように――行綱の肉棒は、天を差すように固くいきり立っていた。

「ユキ、ちゃん……
#9829;」

はらりと、舞が巫女装束の結び目を解いた。
火照り、桜色に色づいた裸体が。
欲情の証である、太ももを伝う一筋の雫が。
男の前に
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